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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#音楽レビュー

怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』

 ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
 良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック

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畏怖と共に愛聴しながら、抱えているモヤモヤ (G)I-DLE『2』

 K-POPにおいて、自ら作詞/作曲に関わるグループは珍しいものではなくなりつつある。それでも、5人組グループ(G)I-DLEのセルフ・プロデュース度は群を抜いていると言えるだろう。リーダーのソヨンを中心に、メンバーたちが創作に深く関わるだけでなく、そうして創りあげられた表現の質も高いのだから。

 この魅力は、今年1月29日にリリースされたセカンド・フル・アルバム『2』でさらに増している。本作に

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甘美なグルーヴ、多彩なサウンド Seven Davis Jr.『Stranger Than Fiction』

 テキサス州ヒューストン出身のプロデューサー、セヴン・デイヴィス・ジュニア。レコードショップやストリーミングサービスにおいて、彼の作品はハウスに分類されていることが多い。しかし、これまでリリースしてきた作品を聴いてもわかるように、ハウスと一言で形容するには無理がある多面的な音楽を鳴らしてきたアーティストだ。ファンクを前面に出したかと思えば、R&Bの香りを漂わせながら甘美なグルーヴを創出する時もある

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艶かしく《女性らしさ》を塗りかえるロンドンのアーティスト Amaria BB『6.9.4.2』

 ロンドンにあるハックニー出身のアマリアBBは、シンガーソングライターとして活躍するジャマイカ系イギリス人。13歳でタレントショー『Got What It Takes?』に出場して優勝を掻っさらうなど、少女の頃から表現力を高く評価されていたが、本格的に注目を集めだしたのは2021年のシングル“Slow Motion”以降だろう。窮屈でステレオタイプな女性らしさを塗りかえたこの曲をきっかけに、Col

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踊らなきゃやってられない世の中を生きぬくために Jessie Ware 『That! Feels Good!』

 筆者にとってジェシー・ウェアは、ダブステップのシーンから出てきたシンガーというイメージだった。SBTRKTとの“Nervous”(2010)、サンファとの“Valentine”(2011)などはダブステップの要素が顕著で、その路線を拡張していくのだろうと思っていた。
 そうした雑感を持ちつつ、ファースト・アルバム『Devotion』(2012)を聴いたのだから、驚きを隠せなかったのは言うまでもな

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ノスタルジーの皮をかぶったモダンなポスト・パンク Heartworms「A Comforting Notion」

 ハートウォームズことジョジョ・オームを知ったのは約1年前のこと。ロンドンのロック・シーンにおいてハブ的場所となっているライヴハウス、ウィンドミルでの公演をアップしているYouTubeチャンネルで、彼女のライヴを観たのだ。ミリタリー・ファッションを纏った姿はゴシックな雰囲気が目立ち、瞬く間に筆者の興味を引いた。肝心のサウンドも琴線に触れた。演奏スキルは荒削りなところもあったが、ダークな音像とキャッ

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2022年ベスト・アルバム20

 なんだかんだいっても、アメリカとイギリスがポップ・ミュージックの中心なんだなと複雑な想いを抱きつつ、そのアメリカとイギリスから登場した音楽を欧米圏のアーティストではない人が更新していく様には、とても興奮しました。その雑感を示す意味でも、1位に選んだ作品は象徴的かなと思います。
 〈『』〉で括られた作品はフル・アルバム、〈「」〉で括られた作品はEP/ミニ・アルバムです。

20
Various A

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2022年ベスト・トラック20

 ここ数年のベスト記事とほぼ同じことを言うようで恐縮ですが、今年もアジアのポップ・ミュージックをたくさん聴きました。欧米圏の有力メディアやオルタナティヴな媒体が積極的にアジアの音楽を取りあげてくれるおかげで、これまで以上にディグりやすくなりました。
 アジアの中でも韓国はおもしろい作品が多かったと思う一方で、フィリピンやタイなどもどんどん盛りあがってるなと感じる1年でしたね、また、そうした波によう

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人々の不安や哀しみに寄り添うLoyle Carner『Hugo』の誠実な言葉

 UKラップ・シーンにおいて、ロイル・カーナーというラッパーは独特な立ち位置を保ってきたと言える。サウス・ロンドンのランベスで生まれたカーナーは、グライムやUSヒップホップの影響下にありながら、それらの音楽とは毛色が異なるサウンドを作品では鳴らしているからだ。他のUKラッパーがアフロスウィングやUKドリルを定石とするなか、ジャズ、ゴスペル、ソウル、ファンクといった要素が濃い方向性を突きつめ、孤高的

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SEULGI(슬기)「28 Reasons」

 レッド・ヴェルヴェットのスルギ(슬기)がソロ・ミニ・アルバム「28 Reasons」をリリースした。これまで彼女は、アイリーンとユニットを組んでの課外活動はあったものの、自分だけを前面に出したソロ作品は本作が初めてだ。ゆえに発表前から注目度は高く、期待も集めていた。

 結論から言うと、本作は素晴らしい作品だ。スルギはヴォーカルもダンスもハイレヴェルなアーティストであるのは周知の事実だが、そうし

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Orbital『30 Something』

 “Chime”(1989)、“Belfast”(1991)、“Halcyon”(1992)。ダンス・ミュージックのクラシックとして今も語り継がれているこれらの曲を生みだしたのは、イギリスのテクノ・デュオであるオービタルだ。一言でテクノといっても、彼らの音楽にはさまざまな要素が込められている。アシッド・ハウス、ブレイクビーツ、トランス、1980年代初頭のエレクトロ、パンクなどだ。

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NewJeans(뉴진스)の新しさと危うさ

 NewJeans(뉴진스)は、2022年にデビューした韓国の女性グループだ。メンバーはミンジ、ハニ、ダニエル、ヘリン、ヘインの5人。全員10代で、最年少のヘインは現在14歳である。所属事務所はBTS(비티에스)を抱えるHYBE傘下のADORだ。かつてSMエンターテインメントでf(x)(에프엑스)やRed Velvet(레드벨벳)などのアルバム・コンセプトを手がけたミン・ヒジンがプロデュースしたグ

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Beige『AMEN! Vol. 1』

 アメリカのデトロイトを拠点に活動するベージュは、さまざまなクラブやパーティーでスキルを磨きながら、着実に知名度を高めてきたDJだ。The Lot RadioのプログラムChaotic Neutralで定期的に披露されるミックスなどを聴いてもわかるように、DJスキルの質はかなり高い。

 アグレッシヴなビートでリスナーのハートを滾らせながら、多くの情動を発露するベージュのプレイは、私たちを深淵な音

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Daft Punk『Homework (25th Anniversary Edition)』

 2022年2月22日の22時22分(日本時間2月23日早朝)、ダフト・パンクがtwitchで過去のフルライヴ映像を配信した。ライヴはアメリカのマヤ・シアターにて1997年12月17日におこなわれたもので、トレードマークであるヘルメットを被る前の彼らがパフォーマンスしている。配信は一度限りのため、現在は視聴できない。
 配信終了後、彼らはファースト・アルバム『Homework』(1997)の25t

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