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39 人間が最も不得手なこと「現実を直視する」

劇場で対応したお客様のことをふと思い出した。
落ち着いたリサイタルの日。
年配のご夫婦が来場した。
入り口の係が2名分のチケットを拝見した時、女性は乳児を抱いていた。係が「本日は未就学児童の入場をお断りしている公演なのですが」と説明すると、このように懇願された。

「どうしてもこの子にも
 聴かせてあげたいの」


こんなふうに入場前にお断りしておくべき事柄があり、ご説明に時間を要する場合、後続のお客様が滞留しないよう、チケットもぎり係はすぐに責任者に対応を引き継ぐことになっている。
今回も私はすぐに呼ばれた。
係からは「未就学児の入場をお断りしている公演だということだけお伝え済みです」との報告を受け、私は足早に入り口の外でお待ちのご夫婦のもとへ向かった。

「お待たせいたしました。本日はご来場いただき
 ありがとうございます。私、〇〇と申します。」

ご挨拶すると同時に、私は何気なく女性が抱く赤ちゃんをのぞき込んだ。
お人形だった。

女性客:「赤ちゃんは入場できないのよね…
    この子の分のチケットは無いのよ…」

と寂しそうに話す女性。隣で男性が女性に寄り添い肩をさすっている。
勿論、ご夫婦は私に冗談を仕掛けている様子ではない。おそらく何か受け止められないご事情を抱えているか、その境遇で戦っている(もしくは現実逃避している)のだとお見受けした。
お人形だと分かった瞬間、私はこの後の対応について1つの“道”を導き出す。

まず当たり前だけど「入場許可」。
さらにお人形はチケット不要。
ただ、客席で周囲のお客様が抱くであろう不信感への対処と、このご夫婦への配慮も欠かしてはならない。双方からご意見が挙がれば私が対応すれば収められる自信はある。よし。それで行こう。
ご夫婦には、杓子定規にすべてを指摘・説明する必要はない。おそらくそんなこと望んでいないだろうし、私は心の奥にまで踏み込んでいく立場にない。

「通常は未就学児はご入場いただけませんが
 ご事情がおありのようですし、本日は3人で
 ご鑑賞ください。」

2人分のチケットをもぎり、客席までご案内する中、
背中に視線を感じた。振り返ると劇場職員と目が合い、その顔には「どーして赤ちゃん入場させてるのよー😱」と書いてある。

😃「分かってますよ…
  あとでちゃんと説明しますから…😰」

と心でつぶやきながらご夫婦を先導し客席へ急ぐ。
座席へ案内し着席いただいた。
私は一人で立てた作戦通り、両脇のお客様にも聞いて頂くつもりでご夫婦に再度ご説明した。

「お声を出されたり、周りのお客様にご迷惑に
 なるようなことがありましたら、係がお声掛け
 させて頂いてすぐに退出していただくことに
 なります。よろしいでしょうか。」

ご夫婦からお礼と了承の言葉を頂いた。
お人形のお顔が見える右隣のお客様には目配せするように会釈すると察してもらえたようだ。
左隣のお客様は私が立ち上がり離れようとすると
予想通り、跡をつけてきて呼び止められた。
「よし。作戦通り😌」
説明させて欲しかった。

「どうして未就学児が入場してるのよ!」

私の描いたシナリオ通りに事態は進む。
ご説明すると、手で口を覆い「あら…まぁ…😮ごめんなさい。見えなくって…」とすぐに理解を示してくれた。やっとこさ劇場職員のところへ事後報告だ。
説明が済むと職員も納得。
ふぅ~。一件落着。

心配事はただ1つ。“しゃべる人形”じゃないか。
ご夫婦に尋ねることはできなかったから。
だから、「声を出したら退出」を了承してもらうことで一応確認してみたのだ。
まぁでも会話しながらお人形を見ていると、体を起こすと同時にパチっと目が開いて、まつ毛がバサバサする女の子だったから、たぶん私も昔遊んだことのある古いタイプのお人形だと思ってこんな対応をした。その日、お人形は声を発すること無く、周囲からのご意見も無し。無事に終演を迎えた。

くまキチ🐻…。

どんな事情があって、このような精神状態にまで至ったのか私には知る由もない。
ただ、ひとつ言えることがある。
人間は現実を直視することが苦手だ。
でももしそれができたら、自分の心は必ず自分で救える。いや、「自分でしか」救えない。
必ず自分で気づいてゆける。

他人には嘘がつけても自分には嘘がつけない。
だから認めてしまったほうが早い。
現実を受け入れ、感情を味わい尽くし、自分で自分に寄り添い、抱きしめる。
そして何よりも大切なのは「日々の選択の結果が今の現実を創ったのだ」と認めること。これをしないと、いつまで経っても同じことの繰り返し。
「今」ではなく「過去」を、「自分」ではなく「誰か」の人生を生き、そして死ぬことになる。

こうなった原因も、解決の糸口も、めざす未来も、「答えは必ず自分の中に在る」。

そこは狭いから、自分で出ておいで。

Ayumi☽



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