秋田旅行記(2018.4)その4(ミョーチキリン日記#114)

2018年4月28日、15時頃。

四同舎1階のお座敷の部屋を見学し終わった僕は2階へと上がるため、階段のあるエントランスホールに向かった。

宙から降りてきた石板が、地表に落ちる寸前で止まったかのような、どこか神秘的な印象を漂わせる螺旋階段。
その1段目に足を乗せる。踏み込んだ感触から、ソリッドな見た目の印象よりとても頑丈な造りに感じられた。続けて、ゆっくりと2段目にもう片方の足を乗せる。さらに1段、もう1段。僕は階段を上るという生活上ありふれた至極単純な行為を、この時ばかりはまるで一段一段足をかけることを噛み締めるかのごとく、ゆっくりと上っていった。
僕はこの階段を上る行動を、自身に対して一種の神聖な儀式としたかった。建築に対して無知な自分にも、そう思いこませるような魔力がこの建物にはあった。

はじめの6段を上り終え、踊り場に佇む。くねっとしたアールを描いた手すりが上へと続いている。大小それぞれの窓からはやわらかな晩春の陽光がホールへと差し込んでいる。そのちょうど良いまばゆさに心地よさを感じる。

僕は普段階段を上るという行為にほとんど楽しさを感じないが、その階段は上っていて全く退屈しなかった。むしろ上る者の気分を昇降と同時にワクワクと高揚させてくれる、不思議な階段に感じられた。
現代では、エスカレーターやエレベーターといった機械的な昇降装置と比較して、階段という構造物は利用することに一定の労力と疲労を強いられるものであり、ネガティブな印象を持たれることが多い。それは僕も例外ではない。ビルや集合住宅の階段などもあくまで通路に過ぎない部分という考えからなのか、ブロックをそのまま段状に削ったかのような、殺風景な折り返し階段ばかりのように思える。
この四同舎の階段は、前述のような階段に対して抱いていたネガティブなイメージを、大きく変えてくれる力があった。

上っているうちに2階の廊下の表面が見えてきた。
身体が2階を早く見たいという欲求につられてか、徐々に足を踏み出すペースは早まっていった。そうしてそう長くはない階段を上り終えた僕は、2階の廊下へと足を踏み出す。

手すりの上から螺旋階段を見下ろす。階段の最上部は宙に浮かぶかのような造りになっており、美しいカーブを描いている。
僕にとっての神聖な儀式はあっけなく、あっという間に終わった。大して段数もない階段を上り終わったに過ぎないが、なんだかとても清正とした気分だった。白井晟一がこの四同舎に内包させようとした美学、それに肉体を媒介として触れられたような気がした。

建物2階の大部分を占める広い会議室の前まで来た。
RPGのゲームにでも出てきそうな高い木製の扉が備えられた入り口から、僕は中へと入った。

つづく

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