見出し画像

エッセイ | The Last Nights of the Disco (香港SOHO/バー)

その日は突然やってきた。
SOHOにある、あのバーが閉店するという。

その店は出入りの激しい香港島のレストラン街SOHOで9年間続いた小さなバーだ。それなりの数のウィスキーがそろい、いつも数種類の生ビールが飲める。Speak Easyとパブを合わせたようなその気軽な店は、Elighn Streetを西に下がったところにひっそり佇む。煌びやかでないが小綺麗に整理されているの店内は、どこか少しほっとするような不思議な居心地の良さがあった。
L字型のカウンターと小さなハイテーブルがいくつか、テラスのテーブルも含めると20人ほどは座れるだろうか。入り口は全面開閉式のガラス戸になっており、天気の良い日は開け放して使った。壁に飾られた海や船の絵、木張りの床や内装が船のデッキのようになっているのが開放的で感じが良かった。

オーナーであるSが18歳の時にビジネスパートナーである彼の母と始めたその店の名は、昔、中国とイギリスを紅茶を運んで繋いだ船に由来する。
中国系の母を持ち、イギリスで生まれ各地を転々として育った自身の幼少期、また、母子の人生をあらわすようだからと名付けたという。
すでに運営は従業員に任せていたが、開店当時はSが大学に通いながら自ら切り盛りし、常連客にスカウトされて金融マンになるまでの数年間、自ら育てた思い出深い店舗。

家賃交渉の激しい香港で、その辺りのお寺のお坊さんだという大家とは長年いい関係を続けてきたということだったが、突如現れた大家の相談役である不動産エージェントが、テナントに不利な、めちゃくちゃな更新内容を突きつけてきたという。半年間交渉が続いたが妥協策なく、賃貸契約の打ち切りを余儀なくされた。

「あの店を閉じることになった。」

ある日帰宅したSが無表情でぽつりと言った。当時複数あったバー経営は縮小する動きで、他店舗も閉店の計画だったし、特段落胆した様子も見えなかったため、ああ、そう。とだけ返事をした。幼少時代、転居続きの少々複雑な環境で過ごしたからか、若くして様々な規模、業態のビジネスを経験してきたからか、彼は時折驚くほどドライに振る舞うことがある。

夕飯の支度の予定を立てるために数週間後にせまる閉店日と閉店準備の計画状況だけ確認したあと、あまりにもさっぱりしているので、How do you feel about it?(どんな心境?)とだけ聞いた。

「初めての仕事場がなくなるのは残念だけど、本当は少しほっ、ともしている。」と、多くを語らず極めてニュートラルなコメントをして、その後は何も言わなかった。

18歳の時Liqour Licence(飲食店向け酒類販売免許)を香港で最年少で取得し、開店して新聞に載ったこと、毎日深夜まで働きながら大学に通ったこと、台風警報の夜は大雨の中ドアを閉め切って帰れないお客さんと大騒ぎして飲み明かしたこと、若くして結婚した前の奥さんと初めて出会ったのがカウンター越しだったこと、常連客が金融の道に進む後押しをしてくれたこと、スタートアップを起業してオフィスを借りる資金もなく、このバーをオフィスがわりに使っていたこと。 

なんでもない場所なわけが無いのだ。

閉店前の1週間、Sは毎日欠かさず店に出向いた。閉店を惜しむ新旧の常連客で店は連日満員御礼となった。閉店前に足を運んでくれた客に店付で振る舞ったドリンクのレシートは2m以上にもなって、こんな長いレシート見たことないねとSがスタッフとはしゃいでいる。

いつもより賑やかな店内は、まるで御斎のようだ。
契約解除は決定、引き渡しの日も迫っていることなど一瞬忘れてしまいそうなほどの明るさだ。

突然、思い出話の途中で感情的になって暴れ出した客が、なだめようとしたSにつかみかからんばかりの勢いで言い放った。

「なんでいきなり閉店するんだ。この場所は僕のリビングルームなんだ。なぜいきなり取り上げるんだ。オーナーは何をしてるんだ。」

「どうにかしてくれよ。」

青い目も、白い肌も真っ赤にして、時折裏返る涙声だった。

誰も何も言えなかった。
誰が望んだことでもないのだ。

何も言わずにSは静かにカウンターに戻った。
誰かこの場で一人、一番この場所に思い入れがあり、誰より別れを惜しんでいるものがいるとすれば、それはオーナーのSであろう。
静まり返った店内で、皆の行き場のない悲しさと、どうしようもない小さな怒りのようなものがシャボン玉のように天井に昇っては弾けて消える。

アジアのビジネスの中心の一つとして大多数の外国人が数年間過ごし、次の目的地に向けて去っていく。香港国際空港はアジア一番のハブ空港だが、多くの者にとって街全体もそのような役割があると思う。

閉店担当シフトのスタッフはいたが、終電の時間が迫っても名残惜しそうにカウンター脇から動かないSをおいて先に帰ることにした。新参者の私がよく知りもしないでしおしおと泣いたり神妙にするのもおかしなものだ。男には男の別れの告げ方があるというものだろう。
暖かい光が灯り、いつまでも賑やかな店内の風景に背を向けて、少し後ろ髪引かれながら駅に向かって早足で歩く。11月の香港はまだ秋の始まりのような過ごしやすさがある。

他人の人生の、ある程度の大きさの岐路を横目で眺めながら、私は私の日常に戻った。

この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?