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よりよく生きるために

きっぱりとNOと言えるように

「よりよく生きる」これが、僕の第二の人生のテーマでした。これまで人生をがむしゃらに生きてきた僕は、考えて生きることを放棄していたように思えて反省したからです。

これまでの人生は要領が悪かった。もっとこれからは、人生を要領よく効率的にいきたい。そうしないと、自分にとって大切にしたいことも大切にしたい時間も大事にすることが出来ないと感じたからです。

自分を守るためにも、大切にしたいものを守るためにも、より良く生きることは必要不可欠に思えてなりませんでした。

「正直ものが馬鹿をみる」というのは、最初のうちだけで、最終的には正直者が勝ると、僕は信じていました。

花咲かじいさんや舌切り雀、鶴の恩返しといった昔ばなしに出てくる人は、みんな正直ものが、勝負に勝ったり、成功を収めたり、財宝を手にしていたりしているからです。

だから、僕は正直者であると決意したのです。その思いから、何でも「はい!」と答えて受け入れていました。きっとその中に、大きな、何か重要なチャンスが紛れているかもしれないと思えたからです。

自分が正しいと思うことと、誰かがやれと言うことがどんなに食い違ったものでも正直者はやらなくちゃいけないんだ。そう自分に思い込ませて頑張ってきた。その結果、僕は、何が大事かが分からなくなってしまったのでした。

人生で最も重要な自分自身に対して正直ではなかったから。

僕は、どんどんとやる事が増えていっぱいいっぱいになって、壊れてしまったのです。

正直者という意味をぼくは勘違いしていたのかもしれません。何でもかんでも「はい!」と言うことは、心も身体も追い込んでしまいました。

よりよく生きるためには、自分の気持ちにそぐわないものに対して、きっぱりと上手に断ることは必須的なスキルだということを、身を持って学んだのです。

きっぱりとNOということは、勇気がとても必要です。不安にもなるし、多くの人を失望されるかもしれない。だけど、その気持ちに打ち勝つ勇気を持たないと、はるかに大事な自分自身を失ってしまうのです。きっぱりとNOということは悪ではないということ。

よりよく生きることは、何も貪欲に生きることでもずる賢く生きることでも何でもないということ。よりよく生きることこそが自分に正直に生きるといえるのです。

よりよく生きるための思考のパターン

CMを見てみると多くの人に分かりやすく伝えたいことを伝えるために、あいまいな部分や分かりにくい部分は削除しているものです。そして、できるだけ、言葉も削ぎ落としています。だからこそ、多くの人にすんなりと頭に入ってくるものです。

より良く生きる人生も同じで、自分自身がどうクリアになれるのかどうかが重要です。

夢や目標に真っ直ぐに前を向けるかどうかだと思うのです。

しかし、何かを決断しようと思う時は、選択肢はあればあるだけいいように思えます。その方が安心できるように思えるけれど、余分なものを削除するほうが、はるかにすんなりと決断できるものです。決断の本質は選択肢を減らすことにあるのではないかと思っています。

どんなに魅力的な話であっても、自分がやりたくない話であれば、それを選択肢から外して考えること。その魅力的な話を選択してもやりたくないものなら、結果的に上手くはいかないか、後になって後悔するのは冷静になれば理解出来るものです。

しかし、本当に必要でないことだと分っていても、手に入るものかもしれないとかお得かもしれないと思えれば、手を出したくなるものです。駄菓子屋さんで、あれもこれも買ってしまうような感覚のように。

受験においても滑り止めをよく考えられるけど、結局それも後悔のもとになってしまうのではないでしょうか。

滑り止めと定めたものを選んだということは、人生の妥協を許してしまったようで自分を認められない。それは後々まで引きづってしまうものです。

例え行きたいところに行けなくても、やりきった実感は自分を認められるものだし、選択肢を行きたいところだけに集中した方が、そこに向けて集中して頑張ることができる。

滑り止めという選択肢を増やして考えてしまうと、気持ちも勉強内容もあれもこれもと分散されてしまうものではないかと思うのです。

受験だけではありません。僕らは大事なことでも、滑り止めという妥協をしてしまうことがあります。
全てに「はい!」と言って受け入れてしまうことも同じです。

まずは立ち止まって、自分という人間の全体を見て様子を見てください。

SNSで「いいね!」を増やすことは本当に必要なのか。お金をもっと稼ぐことは本当に必要なのか。社会的地位も同じ。

やたらと手を出してしまっていることを認め、自分に必要のないものをひとつひとつ削ってみてください。

そうして、そぎ落とされて残ってみえたものは自分の本質的なものであるし、より良い生き方になり得るのではないかと思えたのでした。



最後まで読んでいただきありがとうございます。
メルシー




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