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むつぎ大賞2023

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記事一覧

162年越しのきみへ

「これよこれ~~~っ!この鉄骨!塔の脚のとこ!まさに!推しのMVと一緒!」 私は旧時代の廃塔に来ていた。 場所は、廃棄された旧時代の首都区域。 廃棄された場所だけあって、道も何もあったものじゃなくてそりゃ~もう苦労した。 まあ全く人が通らないというわけはなく、 廃れた雰囲気に魅せられて足を運ぶいわゆる廃都マニアが出入りしているので、 なんとか道っぽいものがあるからたどり着けたんだけど。 目的は推しのミュージックビデオに登場する場所に来るため……そう、いわば聖地巡礼である。

むつぎ大賞2023 結果発表

はじめにまず、大変お待たせしたことをお詫び申し上げます。 そして、むつぎ大賞2023にご参加いただきありがとうございました。 以下、去年と同様のことを書いていますが、念のためお読みください。 審査されるという事 結果発表の前にお伝えしておきたいことは、今回賞に選ばれなかったからといって落ち込んでほしくないと言うことです。 賞を取っていない、最終候補に残っていないからと言って、一概に劣っているということではありません。 いずれも本当にレベルの高い作品ばかりであり、更に言え

超超超硬式野球大会

ゴホ、ゴホと粘った咳が人気の無い住居棟に響く。 コの字型に配置された住棟は暗い空の下ではより深く暗く、上下左右四方に通路を伸ばしている。 四六時中降る雨に大半の手すりが赤く錆びており、通路の床の脇には雑草やカビや苔に似た何かが生い茂っている。 両方の太腿の途中から先がない男の咳は止まない。咳の振動で簡単に体勢を崩し、慌てて年季の入ったちゃぶ台にしがみついた。 足のない男の向かいに座るもう1人の男は、ちゃぶ台越しの振動によって位置がずれた義眼を瞼越しに触る。こうして瞼越しにくる

このズレた世界にようこそ #むつぎ大賞2023

 ノイズ、次にパッションピンクとイエロー、それから白く濁った半透明。 それが彼女が瞳を開けて最初に飛び込んできた物だ。ショッキングな色使いで、起こされたばかりの思考がクラクラした。 「おい、君、生きているか?生きているな?頼むから眼を開けてくれよ」  よく響き渡る、聞き心地のよい男性の声。だが、徐々に視界のノイズが晴れてきたところに飛び込んできたのはイカだった。良く透き通っていて、その体を透かして辺りのやかましいほどのファンシーな色使いが貫通してくる。少女の思考は多すぎる

砂漠の遺物と異物の僕ら #むつぎ大賞2023

「わりぃお嬢ちゃん! リンゴの籠に穴空いてたみたいでよ!」 「え」  豪快に笑うおじさんの言葉に、私は言葉を失くして手元を見る。赤い赤い、艶やかな果実。 「……これ……リンゴ?」  まるで手に張り付くみたいに瑞々しく、腕が痛いほどに重い、球。……え、うそ、これリンゴ? マジ? 「こ、こんなにツヤツヤのリンゴ、初めて見た……」 「はっは! そうだろうそうだろう! フィロラの果物はどれも──」  おじさんは私の言葉を、単なる褒め言葉と受け取ったようだった。違う。そうじゃない。そう

果ての世界の水族館

 もはやこの水族館には魚も人もいない。いや志保という青年と名も知れない彼が殺すべき男だけがいる。崩れかけた建物をいだく緑の半島は枯れ果て、海は赤く変色し、黒ずんだ浜に寄せる波は異臭を放って糸を引く。志保はただ、復讐を果たすためだけにこの地獄で命をつないでいる。  生臭い海風がじっとりと志保の全身を包み通り過ぎていく。薄汚れた短髪の中を汗が滑り落ち、首に巻いた黄ばんだタオルに吸い込まれていく。志保はオリーブグリーンのショートジャケットの開いた前合わせから片手を突っ込み、内側に

夜の来ない街

 双眼鏡を覗くと、遠くに灰色の塔が見えた。全体的に砂で汚れているが、塔から伸びるゴジラの頭で来夏は新宿東宝ビルだと確信した。  方向が間違ってなかったことに安堵した。  ざく、ざく、と自分の足音だけが荒野に響く。  どこか雪かきの音に似ている。  来夏はぼんやりとそう思った。実家は新潟にあった。朝起きたら胸まで雪が積もっていた。下校時には綿のような雪が落ちてきた。大学進学で上京して以来、寒く険しい冬は、彼女の記憶の中だけで繰り返されている。  冬は何年も来ていない。  世界は

夢と孤独のザイカ

 生きるか、死ぬか。  一か八か。  この刹那だ──。  モドキは考える。  この刹那に、すべてがある。  凝縮された時間感覚のなかで、モドキは見ていた。上方。無限にひろがる、まばゆいまでの光と色を。それは壮絶にして壮大。万華鏡を思わせる圧巻の光景だ。  しかし。  生きるか、死ぬか。  一か八か。  モドキは見とれることもなく、色と輝きに向けて意識の焦点を絞りこんでいく。すると色と輝き、そのひとつひとつに別の「世界」が見えてくる。  ある輝きのなかには、風景を置

眠れる淑女じゃいられない

 ――第五次世界大戦から500年の月日が流れた……  かつて“地球”と呼ばれた惑星は度重なる戦争によって荒れ果て、その繁栄は見る影も無くなってしまった。  大地は割れ、海は干上がり、今にも落ちてきそうな空の下で、多くの生物は死に絶えてしまったが――  ――人類は滅んでいなかった。 「うわああ~~~!」   「待たんかいコラァ! 逃げれる思てるんかワレ!」  戦争を繰り返した人類の総数は最盛期の6.16%まで減少していた。  惑星全土が廃墟と化した中、それでも人類は残

あるいは空から降る鯨 #むつぎ大賞2023

むつぎはじめ様の個人企画【むつぎ大賞2023】参加作品です。 ◇ ◇ ◇  傾いたビルから樹の幹が溢れている。寄りかかられた隣のビルは幹と蔦に覆われ、巨大な樹の一部になあっていた。敷かれたアスファルトはほとんどが草や低木に突き破られ、残っている場所を探す方が難しい。ブーツの下で、アスファルトの欠片が砕けた、  第56次人類捜索作戦、行動開始より61日目。今回通りがかった廃墟は大規模だった。  片側4車線の大通りに100mを超えるビル群、地下鉄の入り口には土砂が流れ込み、地

そして、未知と出会う

 しーあわーせはー歩いてくこない、だーから歩いて、歩いて、歩いて……。 「もー捨てな、その骨董品。金にもならないよ」 「やだよ、修理すれば直るもん」  ガスマスク越しにフタバはカナデにそう言うと、カナデはマスク内で頬を膨らまして手に持つカセットレコーダーを大事そうに防護服の収納ポケットにしまう。全く……と呆れ気味にフタバは空を仰ぐ。腕に搭載されたレーダーを見ると範囲内に自分達以外の存在は確認できない。 「よしっ……行くよ」  カナデの肩を叩き、フタバは先に歩き出す。二

Existence

 命尽きるまで天使が途切れることなく詠う旋律の意味を、正確に知る者は誰もいない。  ただ天使殺しの銃弾は理解よりも迅速に破壊を齎し、銃声は旋律を掻き消した。  人形を連想させる、表情の無い相貌が白く砕ける。制御を失った肉体が、焼け焦げ、煤けたコンクリートの瓦礫へと頽れた。  いや、銃声が天使の旋律を圧したのは一瞬だけだった。自動拳銃の短い速射は、巡察隊を先導する天使を一体、撃ち斃しただけだ。  天使は個体の識別が付かない。虚ろな灰白の瞳が十二、一斉に天使殺しが潜むコンクリート

雪虫の踊るころ #むつぎ大賞2023

 まるで木々から生命力を奪おうとするかのように、冷えた空気が一陣の風となって草木を揺らす。活力に満ちた季節は終わりを告げようとしている。この大都市に人が溢れていたのが過去であるように、植物が主役であったことも振り返るべきものになるだろう。ただし、緑の季節はまた巡ってくるのだが。  シキの視線の先には雪兎がいた。シキがゆっくりと拳を握ると、藪は冬枯れの準備を取り消すかのように成長し、彼女の姿を隠した。と同時に、足元の雑草がひれ伏すように割れて、一筋の道ができあがる。彼女は音を

ハシゴダイク#むつぎ大賞2023

 こっちこっち!とでも言っているのだろうか。少女の姿がぴょんぴょん飛び跳ねるのが見えた。白くダボついた奇妙なかっこうで、足元にがれきがなんて無いみたいに。 「うっせー。そうほいほい進めるか」  切断の跡はまともに歩ける道なんてない。地盤ごと粉々に砕かれた挙句かきまわされ、高熱でローストされている。炭化とガラス化で脆く、鋭く、険しい瓦礫の山にはまともに歩ける道なんてない。  遠くで戦闘の音がする。電気無限軌道車のエンジン音に金属の衝突音が混じる。時折聞こえる銃声、そして悲