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また会う日まで

この世に生きていると、いつまでここにいられるのかなんて誰にも分からないだろう。けれども必ずこの世を去らなければならない日がやってくる。
だからといって、その日が来たら自分の存在全てが消えて無くなってしまうとは思っていない。だって帰るところがあるのだから。
父が亡くなったとき、私は父がそこにいると如実に感じていた。いつも通りにソファでくつろいでいるのを。もうこれは説明しようのない事実だ。

父は入院先で長期療養中にあの世へと帰っていった。病院にいたというのに、ここでは書けないような苦しさの伴う最期だった。
それは突然だった。

母のときは、眠るような最期だった。
まるでこの世との別れを惜しむかのように
静かに静かに時を過ごして帰っていった。

私はどれほど涙を流しただろうか。
うっかりすると買い物の途中ふいに
在りし日のたわいもないやり取りを思い出し
ひと前で涙を流していた。
後悔することがあまりにも多かったせいだ。

あの日が、ご飯をつくってあげられる最後だと分かっていたら-、
あの時が、言葉を交わす最後だと分かっていたら-、
その時が、元気な姿を見る最後だと分かっていたならー。

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けれども、その哀しみを癒してくれたのは
他でもない父と母、本人だった。
亡くなった後もしばらくは、私のそばにいてくれた。
私には特殊な能力などないが、それが分かった。
父はとてもはっきりしていた。
母はとても控えめだった。
生前の性格、そのままだった。

私は目には見えない優しい思いに包まれながら、日々を過ごした。
そしてふたたび前を向き始めたのを見計らうように、
私を包み込んでいた優しさはいつの間にか姿を消していた。

今でもふいに涙が流れてしまう。
でもそれは哀しみの涙ではなくて
父と母への感謝の涙だ。

もしもあなたが今哀しみのなかにいたとしても
その哀しみから感謝の思いが芽吹いたとき
前を向いて再び人生を歩んでいくことができる日がきっと来るはず。

大切なひとにまた会えるその日まで
今日という一日を精一杯生きていこう。

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