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[1分小説] ウサギ

小学1年のとき、飼っていたウサギが死んだ。

夏休み、私が祖父母の家に行っている間に
死んでしまった。
毎日、エサをやるのが大好きだったのに。

だから小学4年で委員会の活動がはじまると、
私はまっさきに飼育委員を選んだ。

「同じ委員会はやめましょう」と先生が言うから、
5年生では、園芸委員。


問題は、6年生だった。

人と関わらずに済む委員会が、もうなかったのだ。

困った私は、結局、
清掃委員を選んだ・・・のだけれど。

6年生の委員会決めの翌日、担任の先生が私に告げた。

武内たけうちくんも、清掃委員になったからね」

きのう新学期早々、学校を休んだ武内くん。
今日登校すると、先生に「おれも」と名乗り出たらしい。

――余計なことを。

よりによって、"うるさい" の代名詞みたいな男子と同じ委員会なんて。 


それからというもの、武内くんはことある毎に
私に話しかけてくるようになった。

国語の宿題プリントに、私が「玉子」と書くのを見れば、

「ばーか!タマゴはこう書くんだよ」

と私の鉛筆を奪い取り、
遠慮なく「卵」と書きつけてきたりした。

――余計なことを。


そんなことが続いた5月の、ある日の昼休み。

学校の隅にひっそりと建つ動物小屋の前で、
私はウサギにエサをあげていた。

午後の眠たい陽射しが、
小屋全体にうっすらと陰を落とす。

1日の中で、1番しあわせな時間。


すると、ふいにバタバタと音がした。

見ると、勢いよく転がってきたボールの後ろから、武内くんが現れた。
校庭でサッカーの最中だったらしい。


「お前、なんでいつもここにいんの?」

武内くんが話しかけてきた。


うるさいな、と思いながらも、
なかなか去ろうとしない彼に、私はしかたなく答えた。

「ウサギはね」少しだけ、彼の方を向いて言う。
「寂しいと、死んじゃうんだよ」

ボールを抱えた武内くんは、ポカンと口を開けていた。


ややあってから、じゃり、と砂を蹴る音がした。


ふぅ。
ほっと安堵ため息をつきかけた、そのとき。

武内くんが言った。


「ウサギは別に、寂しくないんじゃないのか」

不意をつかれて、思わず固まる。

「寂しいのは、お前なんじゃないのか。
どっちかって言うと、お前の方がウサギなんじゃ…」


「うるさいっ」

気づいたら、立ち上がって、怒鳴っていた。

「あんたに何が分かるのよ」

にぎった拳に力が入る。
毎日毎日、ヘラヘラ笑って騒いでる奴なんかにーー


「何があるのか知らねーけどよ、」

しかし、私と同じ気迫で、彼は言い返してきた。

「おれがいるだろ!」

呆気にとられる私をよそに、武内くんは威勢よく続けた。

「いつもひとりでウサギばっか相手にしてんじゃねぇよ」


それだけ言うと、
「おーい、何してんだよ」と校庭から声が掛かるが早いか否か、武内くんは走り去っていった。


その後はというと、彼はいたって普通だった。

「おれ、リレーの選抜に入ったんだぜ」とか
「きのう体育倉庫の掃除を忘れたのは、お前が言わなかったせいだ」とか、
これまで通り一方的に喋っては私を迷惑がらせた。

そして、季節はまた春へと一巡し、迎えた3月。

小学校を卒業した私たちは、
別々の中学校へと進んだ。





――あれから、10年。

短大を出て22歳になった私は、
男たちからの連絡を待ちながら暮らす日々を送っていた。

我ながら、ろくでもない人生だと思う。


ときどき、私は考える。

彼の言う通り、私は本当に、ウサギだったのかもしれない。

こんな風にエサお金を与えられて、なんとなく生きている。

好きでもない人の胸に顔をうずめる夜は、
いつだって寂しかった。


そういうとき、
なぜだか私は決まって彼のこと思い出した。

私のことをウサギだと言った武内くんは、
いまどこで何をしているのか――


遠い日の感触。

ひとつの確信。


――誰かの幸せを祈りながら生きるのは、
自分の幸せを願うよりも、
はるかに自分を強くする――

そんな思いだけを頼りに、私は今日も、
うっすらと陰の落ちる場所で生きている。




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