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『傑作はまだ』 瀬尾まいこ 作 #読書 #感想

あらすじ(Amazonより)

引きこもりの作家・加賀野の元へ、生まれてから一度も会ったことのない25歳の息子・智が突然訪ねてきた。
戸惑う加賀野だが、「しばらく住ませて」と言う智に押し切られ、初対面の息子と同居生活を送ることに――。
孤独で世間知らずな父と、近所付き合いも完璧にこなす健やかすぎる息子、
"血のつながり"しかない二人は家族になれるのか? 大切な人に会いたくなる、最高のハートフルストーリー!

相変わらず瀬尾まいこさんらしい、温かくてサラッと読める話だった。今朝から読み始めてこの時間にはすでに読み終えているくらい。

読書メーターを見てみた感じ、瀬尾さんの作品の中でも好みが大きく分かれるような作品ではあるようだけれど、私は結構好きだなぁと感じた。


引きこもりの作家加賀野の妻は、美月。彼女はいわゆる「ゆきずりの女」で、息子は望まれて生まれたというわけではなかったのだろう。2人の関係は一見膠着しているかのように見えるし、加賀野と智の会話を読んでいても、あまり見られないような親子の形で違和感もあった。
それでも加賀野が智や美月の想いを知り、徐々に外の世界に対して心を開いていく様子は読んでいてほっこりする気持ちになった。
瀬尾さんの作品には、嫌な人間が本当に少ないよね。


165ページより こんな加賀野のセリフがある。

俺は長い間、小説の中の長い会話しか聞いてこなかった。
(略)
胸に秘めた真実、目を向けたくない過去。心のどこかにある願い。生きるとは自分とは何かといった根底的なもの。俺たちが実際に生きている世界では、誰もそんなことをことさら語ったりはしない。日常で交わされる会話はもっと現実的だ。だけど、それらが重なっていく中で、真実が見えてくる。

智の姿を見ていると、いかにちゃんと育てられてきたかが分かる。何も説明されなくても。加賀野自身は毎月10万、美月に向けてお金を振り込むだけだった。それ以上もそれ以下もない。美月が女手1つで智を育ててくれた。加賀野は自分の不甲斐なさに、想像力のなさに、自身に怒りを覚えていた。



191ページより この小説の中で最も印象に残る言葉。

一人で過ごしていれば、そういう醜いものすべてを切り捨てられる。ストレスもいやらしい感情も生まれない心は、きれいで穏やかだ。しかし、こんなふうにうれしい気持ちになることは、一人では起こらない。

"醜いもの"というのは、誰かを傷つけたり自分が傷ついてしまったりだとか。相手の振る舞いに不安になることがあったりだとか。自分がどう思われているのか急に気になったりだとか。自分の価値を想像して、優劣感や劣等感に襲われたりだとか。
人間は生きていく中で、"別に知りたくもなかった感情"を抱くことは何度も何度もあるだろう。

その一方で"うれしい気持ち"はなかなか一人では味わえないかもしれないし、二人なら倍にできるかもしれない。

瀬尾さんは絶対に、最後には希望をくれるのだ。




短めの小説で、あっという間に読めます。よかったら手に取ってみてください。

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