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#24 1年前の今日を振り返ってみよう企画 〜それって本当にありがたい教えですか?〜

去年、説明会で感じた「青い炎」の話をしていた。
ちなみにこの説明会をやってくださったのは、ZEALSというチャットコマースの会社である。

最終面接まで受けたけれど、結局途中から「良い意味で合わない」と自分の中で分かってしまった。そしてそれを見透かされていたように思う。

私は青い炎の人が好きであるが、赤い炎の人が嫌いなわけではないと思う。
でもせっかく行動で示し続けてきた人が、急に嘘くさいというかビジネスチックというか宗教っぽいというか、綺麗な言葉で理想論を語り始めるとちょっと違和感があるなぁ、と思う。
行動し続けて結果を出し続けて、ただただ「すごいなぁ」と思わせてくれる人のままであってほしかった。

夢を持つことが私を変えてくれたとか、結局努力するしかないとか、誰かからの人生相談に立派な回答をするとか、私はこうなのとYouTubeで立派な考えを語るとか、
知名度は上がるのかもしれないしある種のブランディングになるかもしれないけれど、

行動だけで示していた方が、頭でっかちとか顔だけとか偉そうとか、余計なマイナスイメージを持たれないのかもしれないけれどね。
応援してくれるファンがSNS上に見えていてほしいのかの話かもしれないけれど。


有名人が出版する自著伝というか人生の目的論というか、そういうのを買うときは躊躇してしまう。確かにその人のことが好きで尊敬していたはずなのに、なんだかそうやって全部言葉にされて立派な表現で列挙されると、少しだけ後ろに下がってしまう。

エッセイが嫌いとかそういうわけではないし、有名人が書いた本も別に買うんだけれどね。
これが好き/嫌いっていう境目は難しいなぁ。





ここからもう1つの話題。
自分のことを好きな人と自分が好きな人、どちらと付き合うべき?みたいな話をここ数週間で(偶然にも?)結構耳にしたわけだが。
どっちが正解なのかは正直どっちでも良いと思う。だけれど両思いになるのって本当に難しいんだな、と思わされてしまった。
自分のことを好きな相手と付き合ったとして、同じだけの好きを届けられないとしたら?
自分が好きな相手と付き合ったとして、同じだけの好きを貰えないとしたら?
小さな気持ちのズレがあっという間に不幸せにつながってしまう人は、恋愛が全て!という世界に生きることになる可能性が高いのかもしれない。


幸せと不幸は表裏一体でしょ?と私より3年くらい長く生きている先輩が囁いている。
恋愛によって幸せになるのではなく、別の幸せの根源を見つける、
こんな胡散臭いセリフは、案外人生に必要なのかもしれない。