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短編小説【聴けばめでたき千代の声】六

第六声:非常識な出会い


何をもって”非常識”とするかは十人十色で、それは「一般的」という枠を超えた複雑な概念のように思う。
この山の住宅地には非常識で有名な今森さんという人が居る。
今森さんの非常識ぶりは多方面から聞かされていたけど、わたしは今森さんと面識は無く興味も無く「あぁ、そうなんですか。」な事だった。

湧き水を汲みに行っている神社があり、そこの管理はこの山に住む有志どもが行っているのは知っていたが、今森さんもそのメンバーであることは神社で偶然出くわす迄知らなかった。
何故かこの山の住民は自己紹介や挨拶を省略し、いきなり会話に突入する傾向がある。
「あなたってバングリーさんでしょ?知ってるわよ、鶏とか羊とか沢山居る家の人でしょ?」
「あぁ、まぁ、そうですね。」
誰だよ?と思うも名前を尋ねるほどの好奇心は無い。
「あなたって、こんな場所(山の住宅地)では不十分でしょ?大草原とか広大な山奥とかそういう場所のが”あなたには似合ってる”わよね。」
え?初対面だよな?なんだ、これは?一体この人に何が分かる?でも、確かにその通りだ。
「まぁ、そうですね。」
「ふふふ♪憧れちゃう♪」
そう言い残してその人は去って行った。
その人が”非常識な今森さん”だと知ったのは数か月後。

山奥への移住計画が発動した4年前の冬。
わたしは限られた一部の人にだけ「思いがけず山奥の土地を譲渡されたからいずれはそっちに移住する」という事を告げていた。
どこから漏れたのか今森さんにもその情報は渡っていて、再び湧き水の神社で出くわした時にその話になった。
聴けば今森さんも自給自足まがいな生活をしていて、わたしと同じような部分を持っている人だという事を知った。
昔はウズラを飼っていて薪ストーブもたまに使うとの事で、その分野での会話は大いに盛り上がった。

「山奥じゃ色々不便もあると思うけど、きっとあなたなら巧くやっていけるわ、応援してる!亡くなったお父様もお母様も守ってくださるから何の心配もないわよ!」
「まぁ、そうですね。いや~~~、でも、あの二人(父母)じゃあ”守る力”が弱そうだなぁ~。守りきれるか微妙ですね~。どうせならもっとデカい存在に守られたいですねぇ。」
今森さんはわたしの親を知らないし両方死んでいる事も知らないはずなのにそう言った。この山の住宅地にはわたしが認識しているより膨大な数の諜報活動員が居るようだ。そうでなければこの会話は成り立たない。
「そんな事ないわよ!生前どうあれ、死ねば皆”強い力”で生きてる人を守れるんだから!死ねば皆同じ力を持つの、”あの世”ってそういうもんなのよ。だから、お父様とお母様への感謝は忘れちゃいけないわよ。」
「それはそれでなんか不平等ですね、死ねば皆同じってのは・・・・。」
「そういうもんなのよ、仕方ないじゃない。この世界と同じ!この世界に平等が無いのと同じで”あの世”にも平等なんて無いもんなのよ、皆同じ!」
ほほぅ、見事だ。なかなか良い視点でこの世界を捉えている。この世界の理を見破っている。
洞察力に富んだ類稀なるババアの思ってもいないキメ台詞に感銘を受けると同時に、この人のどこが”非常識”なんだろうかとわたしは思った。

その後急速に、わたしは今森さんの非常識ぶりを認識する事になる。
ある日わたしの家の犬が鎖を引きちぎり逃走した。保護したのは今森さんだった。今森さんはそれがわたしの犬である事を知っているはずなのに何も言ってこなかった。
逃走から四日後程経ち、ある諜報員から「今森さんが知らない犬を連れている。」という情報を得て、まさかと思い今森邸へ行ってみると玄関先にわたしの犬が居た。
引き取りに来たわたしに今森さんは
「この犬要るの?私、この年齢(70代半ば)だから、犬は子犬からは飼えないのよ。犬より先に私が死んじゃうかもしれないじゃない?だから、この犬欲しいんだけど。この犬、もう”年”でしょ?見てて分かったの。だからちょうだい、いいでしょ?」
あぁ、なるほど。コレか。コレが”非常識な今森さん”と言われるアレか。

今森さんのわたしに対する非常識エピソードは他にもある。
家畜が多いわたしの家を動物園と勘違いしているらしく、近所のガキや親戚連中をいきなりわたしの家に連れてきて
「家畜達を見学させてもらいに来たわよ!」・・・などとほざいたり、自分の家で出た残飯を勝手にわたしの犬に与えたり、知らないうちにわたしの犬の散歩をしたりと、今森さんが巻き起こす多くの非常識っぷりをわたしは観測してきた。

そんなこんなあり、今年の九月に離婚を決意したわたしは”犬”の事で頭を悩ませていた。三頭居る犬の中で、以前今森さんに保護された犬は今森さんの言う通り”年”でボケ始めてもいた。もう番犬として役に立たない。
その時わたしは思った。
”非常識な今森さん”なら、わたしの非常識な申し出を受け入れてくれるはず。
わたしは今森さんに老犬の譲渡を持ちかけた。
非常識なその話はトントン拍子に進み、わたしの老いた番犬は即日今森さんの家で暮らすことになった。

 非常識。それは考えれば考える程難しい概念。
近所や世間に”非常識”と言われても、ある一定の利害によって成り立つ非常識同士のやりとりは”非常識”と呼べるのか?
個々の非常識な部分・側面が違うだけで、誰もが非常識で誰もが常識的なこの世界は、自覚無い非常識な人類が時として非難し合い、時として理解し合い暮らしているだけの単純構造だ。
なんにせよ、お互いのためになる”非常識な相手”に巡り会えた事は奇跡に近く、わたしは今森さんに感謝しているし今森さんは再び犬を飼えた幸せを噛みしめている。
非常識な今森さんの家に行った非常識なわたしの犬は、今森邸界隈での人気犬になり、今は「シロ」という名を与えられ悠々自適な老後を送っている。


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