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パンダの可愛さの不確実性について (留学日記#1)

パンダはかわいい。最近知り合ったある中国人女性に、パンダの人形をもらった。片手で持てる大きさで、柔らかい布でできている。特筆すべきは四つの足にマグネットが入っていることで、好きなポーズで金属製の壁に貼ったり、あるいはカーテンにぶらさがらせたりできる。なにも考えていなそうな表情で愛嬌をふりまいている。後に他の中国人に聞いたところでは、彼らがよくお土産代わりに初対面の相手に渡す定番グッズの一つなのだそうだ。

パンダってただのクマだよね。何がそんなにいいのかわからない、と別の中国人が言う。彼曰く、中国はパンダをばらまいてるけど、いまでも一番いるのは日本、だそう。本当かなと思って調べたら、わりとタイムリーに去年末にイギリスとアメリカのパンダ数がゼロになったというニュースを見つけたた。日本人の趣味にパンダが合っているのだろうか?

僕が今留学しているイギリスの研究所は、国籍の多様さがひとつの特徴である。それを活かして、パンダの印象について調査してみた。
ランチ中に同僚のデンマーク人男性にパンダが好きかと尋ねると、別に、とのことだった。ここで個人的に興味深かったのは、パンダは目の模様のせいで落ち込んでいるような表情に見える、という彼の発言である。僕はむしろ、あの目の黒毛こそパンダのビジュアル面におけるかわいさを演出している点だと思っていた。それを伝えると、彼曰く、まあたれ目に見えるかもしれないが、だとして何がかわいいのか分からないということだった。どうしてたれ目がかわいいのか、言われてみれば確かによく分からない。しかし、そういうものではないのか。
隣にいた上司のイタリア人女性が、模様がガイコツみたいで嫌いだと言って話に入ってきた。さらに隣のハンサムフランス人同僚も笑顔でうなずいていた革ジャンのインド人女性も、マイ弁当を食べ終えたスペイン人女性もパンダは嫌いではないが、かわいいとは違うらしい。

うっすらと悲しくなり始めたころ、一番端に座っていたギリシア人の同僚が、モンスターボール柄のマイカップで水を少し飲んでから、こう言った。
いや、パンダはかわいい。たれ目の良さもわかる。また目だけでなく、黒い耳毛と白い体毛のコントラストが、あのかわいい耳の丸みを強調しているんだ、と。彼は僕にウインクをしながら、カップを少し掲げてみせた。

その後数名に聞き回ったが、日本人以外でパンダをかわいいという人はたった二人だった。例のポケモン好きギリシア人と、ハンサムフランス人の婚約者であるブルガリア人女性だけが、パンダがかわいいと言った
ちなみにそのブルガリア人女性はホームパーティで唯一、僕の持ってきた冷凍たこ焼きに美味しいとリアクションしてくれた人だった。かなり日本贔屓のようで、いつも彼女は漢字で「初心」と書かれたシャツを着ていた。小さい頃から日本アニメを見ており、今でも好きだそうである。この人はなんと “Tareme” で「たれ目」が通じてしまった。オタク文化恐るべし。
ギリシア人の方も、マイカップのポケモン柄について話している時にアニメ好きとわかった。ちなみに僕は彼のおかげで、英語圏でもアニメやマンガのことを二次元 (two-dimensional) と呼ぶと知った。

こうした経験を経て、僕はパンダ好きは"日本人的"なんだ、と一旦結論した。つまり、僕のような日本人や、あるいは日本の文化が好きな人は、パンダも好きなのだと結論した。

後日、現地の日本人サークルで知り合った英語学者 (英文学者ではないらしい) のK氏にこの話をしてみた。すると、あまりに短絡的だと笑われた。それでも自然科学をやっている人間か、とまで言われてしまった。そもそも国で人を分ける考えが今どきダサすぎる、とも。僕が無意識に不服な顔をしていたのかもしれない。すると彼は僕をフォローするようにこう続けた。でもまあ「たれ目」を一つのモチーフとして認識するのがアニメ好き的であるとかならまだわかる、と。その意味はすぐには理解できなかったが、面白そうな話題であることは直感した。詳しく聞こうと思ったが、次の予定があると言ってK氏は去ってしまった。

(続く)


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