不意に撮った赤
この夏、汗疹に悩んだ。
掻き毟った両肘の内側は赤くなった。
身体はぽりぽり掻いたら赤くなる、なんてことない当たり前のこと。
爪をたてて薄い膜を破ると必ず赤い液体が滲み出る、そういう仕組みがすぐそばにある。
いつだって確認できることだ。
昔から嫌というほど知っている。
転んだら出てくる、引っ掻いても出てくる、潰しても出てくる、グジュグジュと鮮やかな赤は常にわたしの中にある。
だけど当たり前すぎて不思議に思うことすら忘れてた。
この間、手の中にあるiPhoneがそれを写し出した。
「カシャッ」お馴染みの音を右手の中に聞いた。
不意に撮ってしまったらしい画面には恐ろしいほど鮮やかな赤が画面いっぱいにあった。
こんなものがわたしの中に流れているという事実にゾッとした。
これほど強い色があるんだろうか。
わたしの身体の中にあることが不思議でならなかった。
空は何故青いんだろうと疑問に思う子供だった。
だけど、身体に流れるそれが何故こんなにも鮮やかな赤なのかは考えたこともなかった。
すぐそばに、これほど逞しい色があることに気がつかなかった。
小麦色の向こうに真っ赤な宇宙が広がっている。
小さな身体を動かすにはやっぱり強い色でなくちゃいけない。
黄でも青でも黒でもない、赤でなくちゃいけないんだ。
なるほど。
“わたし”が生きてるんじゃない。
“わたし”の身体と、考えるから辻褄が合わなくなるのだ。
わたしなんてのはいなくて、ただ大きな何かに生かされているんだと思った。
そしたら全部、腑に落ちた。