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ノスタルジア

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懐かしいときに書きます。
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あの電燈の下で

あの電燈の下で

「今度、オンライン忘年会しよう」。

12月に入って、地元の友人のグループラインでそんな呼びかけがあった。幽霊部員も含めた10人ほどのメンバーは、ほとんどが幼馴染。進学や就職で離れ離れになったかと思えば、旅先や同窓会で再会したり、疎遠と親密を繰り返しながらゆるやかな関係をつづけている。

私たちは、会えばいつだって昔に戻ることができた。目の前には、中学校時代のみんなが座っているのだ。少しだけ近況報

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ひとりぼっちのわたしに

それは私にひとりの友達もいなかった時代のこと。長い隊列の中で、孤独を悟られないように付かず離れずしながら、土手を進み、川を越え、街外れの広い公園にたどり着いた。その日は遠足だった。

笛が鳴るとみんな散り散りになった。私は公園の隅にある高い木にもたれ、弁当を広げた。走り回ったり、ボールを投げ合ったり、誰もが浮き立っている風景を眺めながら、箸を動かす。

「弁当を食べ終わったら、どうしよう……。」

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ずっと、あの夏のままで

ずっと、あの夏のままで

社会人になって一年目の夏、地元の友達を集めてキャンプに出かけた。車三台で連なって、山奥にあるキャンプ場へ向かう。途中、何度かコンビニに寄って、やみくもに煙草を吸った。

幹事だった私が先頭を走った。後ろの車は男四人と荷物を詰めこんだ、むさくるしいステーションワゴン。その後ろは、男女二人ずつが乗った真新しい軽自動車。あの娘はその後部座席に座っていた。友達の妹の友達だった。大学一年生で、その時は名前も

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大人になんてならなくていい

大人になんてならなくていい

高校を卒業したら、地元で就職して、そこで一生働きつづける。私の育った町では、それがあたりまえのことだった。大学に進むのは、よほど裕福な家庭か、本当に勉強が好きで仕方ない人たちだ。「やりたいことが決まらないから、とりあえず大学に行く」なんて考えはそこにはなくて、「やりたいことが決まらないなら、生活のためにとりあえず就職する」、誰もがそんな風に思っていた。そして、その大半は、結局やりたいことなんて見つ

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あの頃へ

ㅤ今日で君の生まれた時代が終わる。なんていうと少し大袈裟だろうか。ただ名前が変わるだけで、それは季節ごとに装いをあらためるみたいにあたりまえで自然なことかもしれないから。けれど確かに君の生まれたひとつの時代は、そっくり思い出の標本箱に仕舞われて、その箱にはもうまもなく蓋が閉められる。
ㅤもちろんその箱の中身はいつだって取り出して眺めることができるし、大事なものたちと一緒に手元に置いておくことも叶う

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一等室の夜

思い出という箱を取り出して、初雪のように薄く積もった埃をはらい、蓋を外す。故郷やら、初恋やら、さまざまな記憶の欠片が無造作に詰め込まれたその箱を探ると、ずっと底の方に、長らく陽の光を浴びていないひとつの思い出があった。

それはまだ高校生だったころ。私にはあんまり友達がいなくって、夢もなく、ただ家に帰るために家を出て、教室の隅で夕暮れを待つばかりの日々を送っていた。人と話すのがたまらなく苦手で、ふ

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あのころ想う

 よく生きていられたな。今でも正式な大人と呼ぶべきか疑わしいこの貧弱な人間が、木漏れ日のように降る夢を、かき分け、かき分け、追いかけていた二十代のあるひとつの季節は、思い出すたび不思議なものだ。
 あんな少しの金のために、自分というものの尊厳のすべてを差し出して、健康のすべてを差し出して、感情などどこにもなく、夢などみんな色あせて、あのころの私が哀れで哀れで、他人事のように慰めの言葉をかけてやりた

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ブルースは夜に溶けて

 湯上がりに汗ばんで小窓を開けると、雨の音が聞こえる。今夜、アスファルトは濡れるらしい。チボリのラジオをひねるとハスキーボイスが漂ってくる。ウイスキーの壜が電球に嘗められて光っている。団扇で首筋をそっと扇ぎながら思ったのは、いつかの夏の邂逅だった。
 酒場には幾つかの人影があったがそのどれも風景だった。私の目の前には二十年の歳月があった。彼は大人になったことを悪びれるようすもなく子供の頃とおんなじ

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第五病棟

 病室の窓からはビルと少しの空が見えた。右腕に点滴をつないだまま、私はそっと横たわって窓の外を眺めた。朝がいちばんまぶしくて、夕方にはまだ空が青いのに、なんだかもう夜の気配が感じられることに気づいた。日々の中で私はもう空を見上げる時間など失ってしまっていたのだろう。高校生の頃、帰り路の私は、農道を走りながら、ふと自転車を停めて、遠く西の空の夕焼けが迫ってくるのに見とれていた。やがて空は薄紫色に変わ

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越年

風鈴が鳴った。ような気がしたのは追憶か。風の匂いは今も幽かに首筋に残っている。陽射しはまだ 懐かしさの中へ形を落してはいない。きっと彼はすぐ傍の、ほんの三つ四つ先の曲がり角辺りで背中の 汗染みの乾く頃合いで、ただ私が無理に彼を追いかけようとしないだけの話なのだ。彼はまた来る。必ず来る。遠い話でもない。私の感受性の死滅が進むにつれ、この日の再訪までの期間は早まっているか

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お勉強の話

小学生の頃、私と友人ともうひとりクラスメイトの女の子でテストの点数競い合ってたんだけど、その時は僅差で勝ったり負けたりって感じだった。中学に入る頃には私立受験を視野に入れる奴も出てきて、中学ではテストの成績が学年で順位付けされるらしいことと、自分より上の奴が数えて十人ほどいることに気がついた。
私は勉強をしなかった。真面目に勉強してる奴なんてクソだと思っていた。それより世の中にはまだ自分の知らない

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泡のジュース

小学生のころ、ぼくたちの集まる場所は決まって近所の駄菓子屋だった。

今思えばそこは雑誌、郵便、クリーニングやらあらゆる商いを一手に請け負う田舎の村にひとつはある商店の類いだったけれど、ぼくたちにとっては単なる駄菓子屋でしかなかった。

山の上にある住宅地に住んでいたから、山を下りない限りはそこ以外に甘いお菓子なんて買える場所がなかったのだ。

百円あれば、いろんなものが買えた。

十円のものはア

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