僕が失った地元の高校の三年間(短編小説)

 笑われるくらいなら、死んだほうがマシだ。

 バカにされるのが、なによりも耐えられない。

 存在が認められていない気がする。

 僕の半生は、太宰治っぽく言うならば、恥の多い生涯を送って来ました、ということになるのかな。

 地元の同級生の中で一番、運動ができなかった僕は、周囲から浮いているような存在になっていたから、よく地元の学校の人たちに仲間はずれにされることが多かった。

 小学校の同級生は僕を含めて九人だけ。

 鬼ごっこをしたとき、僕が毎回、毎回、鬼になるから、彼らは、つまらなくなってしまっていた。

 だんだんと彼らとの心の距離が離れていく。

 そして、小学校の同級生たちは、もし九人が亡くなったら、その人のお葬式に行くか、という話をした。

「もしもの話するねー! もしもの話だけど、この九人の中で誰かが死んじゃったとしまーす! もしも、そのときに、その人の、お葬式に行きたいと思う人は誰かなぁ? 順番に名前を言っていくから、その人の、お葬式に行きたいと思った人の名前が聞こえたら『はーい!』って返事してね!」

 彼らは順当に『はーい!』と返事をする。

 僕が言われる番になった。

「最後にルピンちゃん!」

 同級生たちは黙る。

「当然だよなぁ? ルピンちゃん! おまえの葬式には誰も行かないってよ!」

 どうしても、この状況は変えられなかった。

 僕は小学校の同級生である男子たちに内緒話、要するに陰口をされたり、僕の容姿に対するネガティブな悪口を言われたり、ゴム製の縄跳びを鞭のようにぶつけられたり、僕が授業中で使う筆記用具を忘れてしまったときに男子たちは誰も貸してくれなく、僕が女子に筆記用具を借りようとするところをじっくり見られたり。

 僕は緊張で顔が赤くなりやすい。

 同級生の男子たちは僕が真っ赤になるところを観察して面白がっている。

 メリーゴーランドみたいにグルグル回る回旋塔という遊具で無理やり遊ばされたとき、『おまえさあ、サキミちゃんのこと好きだろ? 好きじゃなかったら回旋塔で激しく回転するくらいに回ってこい!』と言われたので、必死に回った。

 僕が嫌な思いをしながら回り終わったあと、同級生男子たちが陰口で『あんなに必死になるってことはさ、やっぱり、サキミちゃんのことが好きってことだよな』という感じの言葉をニタニタ笑いながら僕に聞こえるように言って、僕を複雑な気持ちにさせる。

 中学生になっても、小学生のころと、なにも変わらない日常が待っていた。

 昔から体が弱かった僕は、先輩から後輩まで、ほとんどの人にバカにされていたので、中学校でも、僕の存在価値がない。

 中学校の部活動は運動部しかなく、田舎の市で子どもたちが少なかったため、バスケットボール部か、卓球部しかなかった。

 卓球部は、ゆるい感じだったのだが、女子しかいないので、僕はバスケ部に入るしかなかったのだ。

 僕の同級生である男子五人は全員バスケができたので、顧問である担任の先生がスタメンの同級生五人にプレゼントを送ったりしていた。

 僕はスタメンじゃないので、プレゼントは、なかった。

 僕の存在価値は、バスケ部には、なかったのだ。

 バスケ部での活動が終わり、高校を受験する期間に入ったとき、同級生のひとりが僕に、こう言った。

『バスケ部にいたときのおまえには人権がなかったけど、バスケ部での活動がなくなるわけだろ? 俺たちの仲間になろうよ』

 バスケ部にいたときの僕は、彼らの仲間じゃない。

 先輩にも同級生にも後輩にも僕に存在価値がなかった。

 けど、今の僕はバスケ部じゃない。

 バカにされたくなかった僕は心が限界に近づいていき、同級生たちに怒りの感情を抱き始める。

 僕は中学校の窓ガラスを割った。

 何度も拳で割っていく。

 保健室登校になった。

 嫌気が差していく。

 僕は、ひきこもりになる。

 ずっと、ひとりでゲームをしていた。

 学校なんか行きたくない。

 ひきこもっている僕の家に同級生たちがやってきた。

 担任の先生が僕の家まで連れてきたのだ。

 ひきこもっている僕に対して、早く問題を解決したい担任の浅ましい中途半端な願いを叶えなきゃいけないのか、と僕は思った。

 ひきこもりを渋々やめた僕は、中学校の卒業式に出席する。

 合唱の声が聞こえないくらい静かな卒業式だった。

 同級生のひとりにSNSをやらないかと言われる。

 僕の時代はガラケーが流行っていたので、ガラケーのウェブサイトを利用したSNSの勧誘を友達からされた僕は、それを受け入れた。

 そのことが原因で僕は、自分が自覚していない病気が悪化していく。

 地元の高校に入学した僕は、中学校の同級生に声をかけたが、無視されてしまう。

『あいつ臭いんだよ』『ええ~マジ~?』的なコメントがSNSには書いてある。

 僕は緊張しやすく、よく同級生男子たちに口が臭いと言われていた。

 緊張したり、ストレスがあったりするときは、交感神経が優位になり、副交感神経の働きが低下する。

 同級生男子に悪口ばかり聞かされていたから当然、口臭が強くなりすぎてしまったのだ。

 コメントを見たときの僕は、嫌なくらいに真っ黒な感情が浮かんでいく。

 あのとき、同級生が僕を無視したのは、仲間はずれにしようと考えているから?

 学校内を掃除するとき、僕は同じクラスの同級生に声をかける。

 無視された。

 高校の廊下で小中同じだった同級生男子たちとすれ違う。

 無視された。

 僕は再び心が壊れる感覚に襲われて、また、ひきこもり状態になる。

 学校には一応、通っていたが、保健室登校だったり、学校で誰も使っていない空き教室にいたり、市の図書館で手塚治虫の漫画を読みながら一年間を過ごしていく。

 高校の授業に出席していなかったので、勉強についていけなくなり、留年することが決定し、僕は都市部の私立高校に改めて入学し直すことになった。

 これで僕は地元の高校に通う三年間を失うことになる。

 数年後、僕は閉鎖病棟に入院した。

 統合失調症を発症していることを知る。

 発達障害のひとつである自閉症スペクトラム障害であることもわかった。

 僕は統合失調症が原因で、今まで幻視、幻聴を含む幻覚を感じていたようだ。

 つまり、僕の世界は現実と虚構が混在していると主治医は判断したのだ。

 僕は精神病が発覚したとき、こう思った。

 僕の病気は彼らのせいで発症したんじゃないかってことを。

 彼らが僕を除け者にしたから統合失調症という精神病を発症したのではないかと思ってしまったのだ。

 その理由は統合失調症という病気は環境や遺伝的要因が重なることで発症してしまうのだという。

 なぜ僕は彼らのせいにしたいのかというと精神病に対応した薬を飲みたくないからだ。

 僕の飲んでいる薬は脳が楽しいとか嬉しいとかのポジティブな感情を抑える薬のように思えてくる。

 正直、喜怒哀楽的感情の喜び、怒り、楽しみという感情を失っているように感じられるし、今の僕には哀しみしかないような気がする。

 潤いが枯渇し、乾いた砂漠の中を歩いているような感覚ばかりで、精神病の薬は食欲増進の効果で食べ物が過度に食べたくなってしまい、余計に太ってしまうのだ。

 僕は親戚に会うのが憂鬱で会うたびに『太った?』と言われてしまう。

 今、同級生たちに会って『太った?』と言われたら、心の中で殴るだろうが、もう二度と会うことはないと僕は思うのだ。

 メッタメタのギッタギタにしてやりたいと思ったりはするが、復讐する元気が今の僕にはないと思うし、それが非生産的なものだからこそ、やらないとは思うけどね。

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