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数年ぶりに再会した従姉妹と、ひとつ屋根の下で甘い生活を 第24話

  *

 一糸学院の不良生徒である幟谷子鯉のぼりや・こごいは、いわゆる不良たちの中心人物であった。

 そんな彼がなぜ一糸家が経営する喫茶店「カフェ・ワンスレッド」にやってきたのか。

 その理由はわからない。

 だが、ひとつだけ言えることがある。

 ――こいつ、絶対にろくなことしない……。

 俺の直感が告げているのだ。

「おい、そこの女! ちょっと来いよ!」

「えっ……?」

 客の対応をしていた琴葉さんの腕を掴む。

「きゃっ……!」

「ちょっ、なにやってるんですか!?」

 俺は思わず声を上げる。

「うるせえぞ! 俺は、その女と話してるんだ! 黙ってろ!」

「ぐっ……」

 俺は拳を強く握りしめる。今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいが、ここはお店の中だ。迷惑をかけてしまうので、できない。

「なんですか、いきなり……!」

 咲茉が幟谷を睨む。

「おまえも一緒に来てもらおうか」

「えっ!? ……あっ!」

 咲茉も腕を掴まれる。

「離してください!」

 咲茉は抵抗するが、力で敵うはずがない。

「さてと、これでいいだろう」

 幟谷は満足げに言う。

「おい、蒼生、あいつをどうにかしないと!」

「悠人、気持ちはわかるが、今は我慢してくれ。彼は、お客さまなんだ」

「くそっ……」

 悠人は悔しそうに唇を噛む。

「でも、俺だって、このまま、あいつを野放しにするわけにはいかない」

 琴葉さんと咲茉を腕を掴む幟谷は、どう見ても悪者にしか見えない。

「蒼生くん、私なら大丈夫だから……」

「蒼生お兄ちゃん、あたしも大丈夫だから……!」

 ふたりは心配させないように言ってくれるが、この状況では、とてもそうは思えない。

「おまえら、すごく、かわいいなぁ……! これから俺と一緒に楽しいことをしようぜ!」

 ニチャア……と、下品な笑みを浮かべる幟谷を見て――。

 ――ふざけるなよ……!

 俺は怒りを抑えることができなかった。

 ――パシッ……。

 俺は琴葉さんの腕を掴んでいる彼の手を払い除ける。

「あぁ!?」

「お客さま、当店での乱暴は困ります」

 俺は冷静に言った。

「あぁ? おまえ、舐めてんのか!?」

「いえ、そんなことはありません。ただ、このまま乱暴を働くようなら出禁にしますよ」

「ちっ!」

 幟谷は舌打ちをする。

「わかったよ。おとなしくしてやる」

「ありがとうございます」

 ひとまず、最悪の事態は免れそうだ。

「だが、気に食わねえ……どうして、おまえみたいな奴が一糸家の奴らに気に入られているんだ?」

「……はい?」

「はい? じゃねえよ。おまえだよ、旗山蒼生」

「どういうことでしょうか?」

 俺は質問の意味がわからなかった。

「おまえが一糸家のお気に入りだという噂があるんだよ」

「そうなんですね……」

「ちっ!」

 幟谷は不機嫌になる。

「まあ、いい。今日のところはこれくらいにしておいてやるよ。ただ、学院では覚悟しておけよ」

「それは、どういう……」

「くくっ……そのままの意味だよ。学院に戻ったときに、俺の恐ろしさをたっぷり教えてやるからな……」

「…………」

「それじゃあな……」

 そう言い残し、幟谷子鯉は去っていった。

「蒼生くん……」

「蒼生お兄ちゃん……」

 琴葉さんと咲茉は不安そうにしている。

「すみません、琴葉さん、咲茉。俺のせいで怖い思いをさせてしまって……」

「ううん、そんなことはないよ。私は平気だし、咲茉ちゃんも無事だったんだもん。それに、蒼生くんは悪くない」

「琴葉さん……」

「蒼生お兄ちゃん、安心して。あんな不良なんか、あたしがやっつけてあげるから!」

「咲茉……」

 なんて頼もしいんだろうか。

「あの、お騒がせしました」

 俺は謝った。

「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。私たち家族のために、蒼生くんが、がんばってくれているのに……私ときたら、ぜんぜん頼りなくて……本当にダメなお姉さんだよ」

「そんな……! 琴葉さんのせいじゃないですよ! 悪いのは全部、あいつです! だから、自分を責めるのは止めてください!」

「蒼生くん……」

「蒼生お兄ちゃん……」

 ふたりは悲しげな表情を見せる。

「あっ、す、すみません……つい大きな声を出して……」

 俺はハッとする。店内の空気が悪くなってしまった。

「とにかく、仕事に戻りましょう」

「はい……」

 俺たちは、ぎこちなく返事をしたのだった。

  *

「ふう……」

 閉店時間になり、俺は片付けをしていた。すると――。

「蒼生くん、大丈夫?」

 琴葉さんが声をかけてくる。

「はい、なんとか……」

 俺は苦笑いした。正直なところ、かなり疲れたが、今回のことは仕方ない気がする。なぜなら、あの幟谷子鯉という人間は俺に目をつけているのだから。

「知世ちゃんも悠人くんも心配していたよ〜」

「そうですか……」

 俺は悠人と知世のことを思い浮かべる。

(あいつらも心配しているのか……)

 そう思うと申し訳なくなる。

「でも、知世ちゃんも悠人くんも優しい子たちだよね」

「えっ?」

「だって、あのことがあったとき、心配して、ずっと残ってくれようとしたもん」

「ああ……確かに」

 悠人のほうは、バイトが終わってからも残ると言っていたが、それを止めたのは知世だ。

『蒼生が心配なのはわかるけど、あんまり遅くまで一緒にいると、蒼生の負担になるでしょ?』

 ……と、悠人を諭してくれたのだ。

 悠人は不満そうだったが。

「でも、どうして、俺のことをそこまで気にしてくれるんでしょうか?」

「きっと、蒼生くんのことが好きだからだと思うよ」

「えっ!?」

 突然の発言に俺は驚く。

「好きって……俺を?」

「うん!」

 琴葉さんは笑顔で言う。

「だって、そうじゃなかったら、こんなにも蒼生くんのことを心配しないし、助けようとしてくれないと思うんだ」

「そう、ですかね……」

「ふたりとも蒼生くんのことを尊敬していて、憧れていて、そして大好きだからこそなんだと思うよ。友達としてね」

「…………」

「だから、これからは、もっと自分のことを大事にしてね」

「わかりました……」

 琴葉さんの言葉に俺は素直にうなずく。

「それじゃあ、家に戻ろうか」

「はい」

 俺は琴葉さんと一緒に家に戻るのであった。

  *

「はあ……」

 俺はため息をつく。理由は簡単。今日のことだ。

 ――まさか、あんなことになるとはなあ……。

 琴葉さんと咲茉には迷惑をかけてしまった。それだけではない。一糸学院の生徒である不良の幟谷子鯉にも目をつけられてしまった。これからどうなるのか……考えるだけで憂鬱になってしまう。

「…………」

 ベッドの上で横になっていると――。

「お兄ちゃん……起きてる?」

 咲茉の声が聞こえてきた。

「ああ、起きているよ」

「入ってもいい?」

「ああ……」

 俺は許可を出す。咲茉は部屋の中に入ってきた。

「咲茉……」

 俺は咲茉の顔を見る。咲茉の目元を見ると、赤く腫れていた。

「咲茉……泣いていたのか?」

「…………」

 咲茉は、なにも答えなかった。だが、その沈黙こそが肯定を意味している。

「ごめんな、怖い思いをさせて……」

「ううん……お兄ちゃんが悪いわけじゃないよ」

「そう言ってくれるとありがたいよ」

 俺は苦笑する。

「ねえ、お兄ちゃん……」

「なんだ?」

「今日は、一緒に寝てくれる……?」

 咲茉は小さな声で言った。

「いいぞ」

 俺は即答した。断る理由などないからだ。

「ありがとう、お兄ちゃん……」

 咲茉はとても嬉しそうな顔をして、布団の中に入って来た。そんな咲茉を見て――。

(まだ子どもだもんなあ……)

 俺は、そんなことを思った。

「おやすみなさい、お兄ちゃん……」

「おやすみ、咲茉……」

 俺は電気を消して言う。隣からは規則正しい呼吸音が聞こえることから察するに、もう眠ったのだろう。

(さすがは咲茉……まあ、いろいろあったから、疲れたのかな……)

 今日の出来事を思い返すと、そうなっても仕方ないだろう。俺自身も精神的に疲れている。

(俺も早く眠ろう……)

 そんなことを思っていると――。

 コンッ、コンッ……!

 部屋のドアがノックされる音に気づく。

「はーい!」

 返事をして、俺は身体を起こす。すると、そこには琴葉さんがいた。

「蒼生くん」

「琴葉さん……」

 俺は驚きながら挨拶をする。

「ちょっとだけ、お話しない?」

「はい、大丈夫ですよ」

 俺は自分の部屋に咲茉を残して、琴葉さんとリビングへ向かうのだった。

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