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#59音楽を楽しめる、か。

わたしの日課の一つに散歩があります。今はまだ春先で、日射しもそれほど強くないので、お昼ごはんの少し前に家を出るようにしています。一時間ほどの決まったコースを、音楽を聴きながら早足で歩く。「今日は行きたくないな」と思っても、ちょっと気合を入れて玄関を出ます。一旦歩き始めると、あとは歩こうかどうしようかと迷っている暇はありません。ゆっくり椅子に座りたければ、もくもくと歩いて家にたどり着くしかないからです(笑)。

散歩のあいだ、最近はユーミンばかり聴いています。
「ユーミンって、こんなに優しい曲を歌っていたんだな」

昔よく耳にしていた曲の良さが、身体に沁みてきます。歌声だけでなく、伴奏に用いられているギターやピアノの音色も、遠い昔を思い起こさせるような懐かしさに溢れています。

それにしても…。わたしの場合、ある時期に一人の歌手にのめり込むとエンドレスで聴き続けてしまい、ついに「もうダメだ!これ以上は無理」と耳が拒絶反応を起こしてしまうという癖があります。音楽好きな人たちは、きっとそんな体験はされないのでしょう。その時の自分の気分に合わせて聴きたい曲を選び、BGMとしていろんな音を楽しむ。それが音楽好きな人の日常なのではないかと勝手に想像しています。

ドラちゃんもミドリーも好きな歌手の音楽を聴きあきたなどと訴えることはないし、テル坊もMr.Childrenの新しいアルバムが出るたびに、嬉しそうにTSUTAYAに出かけ、CDをレンタルしてきます。

「どうしてわたしは、こんな風にしか音楽を聴くことができないのだろう」

そう思って、自分の過去を振り返ってみることにしました。我が家は両親が学校の先生で、とくに父親はしつけに厳しく、家庭の中に流行のものに興味を示すことがはばかられる雰囲気がありました。中学生になってからは「学生は勉強するのが仕事」みたいな空気があって、わたしも当たり前のようにガシガシと勉強していました。平日はほとんどテレビを見ることもありませんでした。日曜日の昼間にラジオから流れる数時間の音楽番組以外、電波を通じてやってくる音楽の世界は、わたしの元には届きませんでした。一番多感な、若者が音楽の魅力に引き込まれる時期に、わたしの生活には音楽がなかったのです。

どんな環境にも、よい面とそうではない面があります。子どもにとっては、与えられた環境の中で何を身につけ育っていくのかが、その後の生き方に強く影響することがあります。わたしの場合、自分の自然な欲求をみずから押しとどめることが習慣になり、心に蓋をする癖が身についてしまいました。

ところが、高校生になって転機がおとずれました。部活が同じで仲良くなった友だちが、お兄さんの影響で尾崎豊と浜田省吾をよく聴いていて、その子がダビングしたカセットテープをくれるようになったのです。そこからは、もうひたすら浜省、ひたすら尾崎(笑)。テープが擦り切れるほど聴いていたように思います(その子と二人で浜省のコンサートに行ったのが何よりの思い出です。その子のお父さんがコンサート会場まで送り迎えをしてくれたのです。会場でサングラスをつけた浜省が「こっちを見てくれた!」と確信したのは、きっとわたしだけではないはずです)。

「きっと、あの体験からきているんだなあ」

女子高生が、ひたすら浜省、ひたすら尾崎。そこにも懐かしい思い出はあるのですが、好みの音楽を自分で選んだというより、与えられた数少ない音楽に全身でのめりこみ、そこで満足しようと意識を集中しすぎる癖が、後になって「もうこれ以上聴きたくない」と思うところまでいってしまう原因なのかもしれません(大学生になってからは、友人知人の影響でいろんな歌手の歌を好きになり、楽しく聴いてきましたが、どうしても最後は拒絶反応が出てしまうという悲しい結末を迎えることばかりでした)。

そして…月日は巡り…聴かなくなって久しい音楽を再びいいなと思いながら楽しめるようになってきたのが、ここ半年ほどのことです。長いあいだご無沙汰だったサザンを聴き、一度は飽きてしまった宇多田ヒカルに涙を流し、大橋トリオでリズムをとり、そして今はユーミン。

「ああ良かった。わたしももう一度、好きだった音楽を楽しめているじゃない!」

理想としては、この先クラシックやジャズやボサノヴァなど未知なる音楽の世界を堪能できたらなあという願いはあるのですが、現実的にはちょっと難しそうです。わたしは「楽しめる」状態になるまでに時間がかかるタイプのようだから。でも、それでいいやと思います。今のわたしが心地よいと感じられる音楽をじっくり時間をかけて楽しむ。散歩の途中、目の前に広がる景色を目に映しながら気持ちは過去にタイムスリップする、そんな時間を大事に過ごしたいと思います。





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