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龍神さまの言うとおり。(第4話)

「あの・・・、これ読んでくれる、かな?」

二人しかいない放課後の教室で恭子は、そう言いながら赤いハートのシールで封緘したピンク色の封筒を差し出した。それを手にした洋介は、これは自分あてのラブレターだと直感で思った。なぜなら、以前から洋介は、事あるごとに、恭子の視線を感じていたからである。

「あっ、あぁ・・・、ありがとう」

そんな洋介の返事に、恭子は嬉しそうな笑みを浮かべると、「それじゃ」とだけ言って、急ぎ足で放課後の教室を後にしたのだった。それは、わずか数秒の会話だったが、その情景や高揚感は今でも鮮明な記憶として洋介の脳裏に焼き付いている。

そしていま、私立青雲高等学校の保護者会が開かれている教室の中で、洋介は後方に座っている恭子を見つめながら、いつの間にか心を高校時代へタイムスリップさせていた。愛媛県の八幡浜高校時代に二人で過ごした時間が、ひとつひとつと鮮やかに蘇ってくる。

「え~、では・・・」

F組の教室に響く男性教諭の声で、洋介は、はっと我に返った。

「あみだくじで選ばれた新しい役員の方々は、この後、しばらくこの場に残っていただいて、旧役員の方々との引き継ぎをお願い致します。それ以外の皆様は、お帰りいただいて結構です。今日はお忙しい中、お集まりいただきまして、どうもありがとうございました」

男性教諭の言葉で、周りに座っていた保護者たちは一斉に席を立って、足早に教室の出口へと向かった。そして静かになった教室内では、居残る新旧のPTA役員十名が、引き継ぎのために挨拶を交わし始めている。そんな中、洋介と恭子は、まだ元の席に座ったままで、お互いを見つめ合っていた。

「あの~、編集員のお二人も、ご挨拶されて引き継ぎを・・・」

男性教諭に促され、最初に席を立ったのは恭子だった。昔と全く変わらないスマートなシルエットの恭子が、しなやかに机の間を縫いながら、洋介の方へと近づいてきた。

「三河くん・・・だよね」

青のワンピースによく似合う、濃紺色のショルダーバッグを肩に掛けた恭子は、洋介の前に立ち止まると、少し訝るような目をしながらも、懐かしそうに声を発した。そんな恭子の顔を眩しそうに見上げて、洋介が答える。

「うん。北山さん・・・だよね」

「そうよ。もう、おばさんになっちゃったけど」

恭子は、そう言いながら口元に手をあてて微笑むと、洋介が座る隣の席に、ゆっくりと座った。

「こんな偶然、あるもんなんだね。一瞬、心臓が飛び出るか、いや、止まるかと思ったよ」

「私もよ。あの頃の三河くんって、朝のホームルームに間に合わなくて、よく遅刻して来たでしょ。あの時の教室へ入ってくる姿と、『失礼しま~す』の言い方が、まったく変わってなかったから、もしかしてって・・・、最初から思ってたの」

「マジか。それじゃ、全然変わってないって・・・、いや、進化してないってことか」

洋介は、高校時代の口調になって、笑いながらそう言うと、次の瞬間、真顔になって、微笑んでいる恭子を見つめながら聞いた。

「あれから、すいぶん経つけど・・・、元気してた?」

この時、恭子は一瞬曇った表情をしたが、すぐに作り笑顔で、元気に過ごしてきたことを伝えた。

しかし洋介は、そんな恭子の発した言葉に疑念を抱いた。というのも、二人が付き合い始めて以降、なぜか洋介は恭子の行動や心理を敏感に察することができたからである。

「やっぱり、三河くんに嘘はつけないみたいね。昔みたいに・・・」

恭子は、そう言うと、高校を卒業してから今日までの経緯、さらには夫との関係について話し始めた。

第5話へ続く。


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