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推薦図書 社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」(旧題:社会科学方法論)

私が推薦するのは、 社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」(マックス・ウェーバー)(旧題:社会科学方法論 以下、社会科学方法論 と略称)です。


社会科学の古典です。社会科学関連の書籍の中で私が最も感銘を受けた本なので取り上げてみました。いろいろな版がありますが、この岩波文庫の版が断然オススメです。理由はその詳細な注にあります。なんと、本文138ページに対して解説が146ページもあるんです。本文よりも解説の方が多い…。解説の内容は、本文のわかりにくいところに番号が振ってあり、番号に従って解説を読むスタイルです。かく言う私は、この社会科学方法論 に3回挑戦して、2回挫折してます。
1回目は大学1年の時、2回目は大学3年の時、当時は解説がほとんど無い版で読んでいました。3回目、社会人になってから、この注が充実している版の存在を知り、長期休みを使って読破しました。
私の経験上、注が充実していることが、この 社会科学方法論 を読破するために、重要だと思います。

思うに、社会科学方法論 の魅力は3つあります。
1 螺旋を描くように深まっていく上質な論理展開を体験できる
2 人文社会科学関連の書籍の読解力のベースアップにつながる
3 実は、熱い・泣ける・感動する
得難い読書体験ができます。

ただし、読破へのハードルは結構高いです。
1 内容がそこそこ抽象的
2 古典に付き物の執筆当時と現代との背景知識のギャップ
3 翻訳の過程で意味が曖昧になってしまっている箇所が散見される
この3点が辛いです。

ですから、オススメするのは、
1 まとまった論説文を要約できる国語力と高校の公民程度の背景知識を持っている
2 読書会で半年かけて読むなり、長期休暇を利用して1週間ほどで一気に読むなり、モチベーションと集中力が確保できる環境を用意できる
の2点を満たしている人です。

読む際には、ノートに要約しながら、注を参照しながら、わからない箇所が出てきたら立ち止まって考えてみたり、前に戻ったりして…そんなプロセスを楽しむ心のゆとりを持って読んでもらえると最高です。そうした読み方:精読 をするに値する数少ない本だと思います。

以下、詳しく見ていきます。

社会科学方法論 の魅力
作者のマックス・ウェーバーは、19世紀の人物で、社会学を作った巨人の一人です。その業績と影響力は広範かつ甚大で、一人の研究者が一生かかってもその仕事の全容を理解することは難しいとさえ言われています。官僚制、政治、倫理…100年たった現代でも彼の提唱した枠組みが残っているくらいです。
社会科学方法論 は、そんなマックス・ウェーバーが仲間と一緒に立ち上げた社会科学雑誌の創刊号巻頭文です。雑誌の方針が述べられています。ですから、本文中に 「この雑誌は」 「編集者は」 といった言葉が出てきますが、これは、「社会科学は」 あるいは、 「私(マックス・ウェーバー)は」 と読み替えて大丈夫です。内容は、単なる雑誌の方針を超えて、マックス・ウェーバーの社会学の方針、もっといえば、現在に至るまで社会科学が暗黙の前提としている基本的な枠組みについて語っています。

前半を 価値自由、後半を 理念型 について論じています。

価値自由とは、社会科学においては、まず、特定の視点、観点、価値観を選択し、その後に観察、分析、考察のプロセスを踏む。どのような価値観を選択するかは、観察者の自由であり、その意味では主観的であるが、その価値観を選択したのちのプロセスは、客観的でなければならない。このようにして、社会科学の客観性は担保され、社会科学に従事するものは、己の前提としてる主観と客観性の及ぶ範囲に敏感でなければならない。
ということです。

理念型とは、社会科学の役割は、概念(これを本文では 理念型 と呼んでいます)の提示である。概念は現実にぴったり一致するものでも、雑多な例の集まりでもないが、現実を理解するのに有用である。
ということです。

ここまで読んで、ふーん。内容がわかった。じゃあ読まなくてもいいかな。と思っているそこのあなた!それじゃあ意味がないんです。マックス・ウェーバーは本文中で、様々な角度からこれらの題材を繰り返し検討していきます。要約を読むのと本文を理解しながら読むのとでは、得られる体験が全く違います。確かに、一部のビジネス書の中には、要約を読むのも、本文を読むのもほとんど変わらないから、要約だけ読んで済ましてしまおう。だってその方が効率がいいから。という本もあります。ですが、この 社会科学方法論 はそういった本とは違うんです。ウェーバーが辿った道筋を一歩一歩踏みしめることで、彼の考えが銘記されます。それは、記憶に残る、いいえ、それ以上の、読後に ウェーバーの考えに基づいた思考ができるようになる といった形で現れます。

なぜ、そうなるかというと、社会科学方法論 の論理展開は、螺旋を描くよう深まっていくからだと思います。筆者の論理展開に必死についていくと、気がつくとテーマが反復されていることに気づくんですね。そして、その反復に気づいた時点で、最初の地点より確実にテーマへの理解が深まっている自分がいる訳です。そうした反復が、これでもか、これでもかと繰り返されるんです。どうです。理解が内面化しそうでしょう?マッサージに例えると、要約だけで満足してしまうのは、マッサージの説明だけ受けて満足して帰ってしまうようなものです。実際にマッサージを受けて、繰り返し体を揉まれる中で、少しずつ体がほぐれていき、ついには、疲れが取れる訳です。
社会科学方法論 は、繰り返されるテーマの反復に読者が気づくごとに理解が深まっていき、ついには知識を運用する枠組み自体が自分のものになっていく、その読書体験自体が醍醐味なんです。

このように、 社会科学方法論 は、読書体験自体が素晴らしいのですが、読後の効用も甚だしいと言わざるを得ません。およそ人文系の本(もちろんその中にはほとんど全てのビジネス書、自己啓発系の書籍:つまり 実用書 を含みます)を読む際の理解の深さと速さが格段に上がります。なぜか。社会科学方法論 のテーマである、価値自由・理念型 という考え方が多くの書籍の暗黙の前提になっていること、もっというと、ウェーバーの 思考の前提自体を疑い、敏感になる という思考法が身につくこと、密度の濃いテキストを要約していく中で瞬間的な理解力、部分部分の関連を掴む力が上がること…様々な要因が考えられます。本を読む速さと深さに影響するのは、眼球の動かし方と頭の使い方です。その内の頭の使い方(情報の重要度を見分け取捨選択する力、テキストの内容を瞬間的に理解する力、個々のパーツの関連を掴む力)は 社会科学方法論 を精読することで、全てバランスよく鍛えることができます。実際、私は速読(=眼球の使い方)の訓練を受けていませんが、通常のビジネス書であれば、2時間ほどで読破(人に内容を説明でき、その内容を忘れないくらい理解した状態)できます。本読みとして格別速い部類ではないと思いますが、速さと深さを両立した読みができる本読みは皆、一度は ガチのテキスト を 精読 した経験を持っているのではないでしょうか? 社会科学方法論 は ガチのテキスト の最有力候補として、自信を持ってオススメできます。

時間のないビジネスマン、課題に追われる学生、締め切りの迫った執筆家…。皆、寸暇を惜しんでインプットをしなければなりません。毎日なんとか時間をやりくりする、その繰り返しです。…発想を変えてはどうでしょうか?インプットの効率自体をあげるのです。それも、見出しを読んで済ます といった小手先の方法ではなく、理解力そのものをベースアップするのです。長期的に見れば実はそれが一番効率が良いやり方のはずです。長期休暇、大人の学び直し…課題図書として 社会科学方法論 、オススメです。

ここまで、 社会科学方法論 の、内容・効用について見てきましたが、これに加えて、 社会科学方法論 は、なんていうか…熱いんです。泣けるんです。

熱い といっても、松岡修造のような、表現の熱さ(ホンキ出せよ!的な?)ではないですし、
ドラッカーのように、世界観が熱い(名言:昨日を捨てよ)訳でもありません。
社会科学方法論 の記述は、客観性、厳格性、中立性に貫かれており、徒らに読者を煽る警句の類は出てきません。
では、なにが熱いのか。表現内容と表現方法と表現者の一致からくる力強さ。これです。
ふさわしい人が、これしかないという方法で、適切な内容を語っている、その一貫性が、パワフルさが、読者を感動させるのだと思います。

このことを説明するには、マックス・ウェーバーの人となりについて、少々補足しなければなりません。マックス・ウェーバーは、敬虔なプロテスタントの母と野心的な政治家である父の間に生まれました。ウェーバーはそのキャリアの中で、何度か体調を崩し、療養生活に入ってます。
母を敬愛するウェーバーが、学者としてキャリアを歩んでいく中で、信仰−ある意味、究極の主観性と、科学の客観性の折り合いについて考えたことは想像に難くありません。
科学に神の存在を組み込むことはできない。しかし、科学が神の存在を認めないとして、あの母の信仰は否定されてしまうのだろうか。そうした葛藤を持ったと想像します。

又、政治家である父の背中を見て育ったウェーバーは、自分の仕事をただの客観性を持っただけの体系:ガラスの標本にしておいて満足することもできなかったでしょう。常に現実への適用、実践、妥当性を考えたはずです。

有り余る知性を持ちながら、病に倒れ、活動できないことに忸怩たる思いをしたこともあったでしょう。

あの執拗とも思える反復、読者が追いつけない角度からの切り込み、膨大な知識、それらはどこからきたのでしょうか。そして、結論である 価値自由・理念型。これは、内面の自由の確保と現実への適応可能性を見事に両立した枠組みです。硬質なテキストの背後に、人間マックス・ウェーバーの脈動が、生涯を賭けてたどり着いた答えが感じられるのは私だけでしょうか。いわば、 社会科学方法論 は、マックス・ウェーバー そのものなのだと思います。

一体、人間を理解するとはどういうことでしょうか。その人と会って、語り合うことでしょうか。楽聖モーツアルトは大変不愉快な人物であったと伝えられています。では、モーツアルトは不愉快な人物 と理解して、本当に理解したことになるのでしょうか。モーツアルトを理解する とは、彼の作曲、しかもその中のいくつかの傑出した作品を卓越した奏者が演奏するのを聴いて初めてなされるのではないでしょうか。演奏を聴き感動したとき、私たちはモーツアルトの人間性に触れたことになるのではないでしょうか。

本質的に人間を理解するとは、その人の天分が発揮された最高の仕事を体験することによって、初めてなされうる。社会科学方法論 は、いくつかの偶然が重なってできた、一人の人間が作品を通じて自己実現されている と言える稀有な作品です。故にその鑑賞には感動を伴うのです。


読破へのハードル
内容よし、効用よし、感動的、と三拍子そろっている 社会科学方法論 ですが、読破するためのハードルはそれなりに高いです。例えるならば、100万円するワインのようなものです。内容が素晴らしいことは間違いありません。しかしそれには、払えないことはないがちょっと躊躇してしまうくらいの対価 が必要です。この場合の対価とは、お金ではなく、読者の時間と少々の忍耐です。

なにがそんなにハードルを上げているのでしょうか。
一つには、内容が抽象的であるということです。社会科学の前提を論じているので、抽象的になるのは当たり前ですが、内容が抽象的であるということはイメージしづらいということであり、途中でわけがわからなくなって、やめてしまう危険を孕んでいることは否めません。
(ちなみにその抽象度は、抽象度の高い歴史書:例えばヘーゲルの 歴史学講義・ハラリの サピエンス全史 以上、難解と言われる哲学書:例えばカントの 純粋理性批判 未満です。)

通常、内容が抽象的な論考は、具体例を提示することで読者の理解を促すのですが、そこで、第二の困難が立ちふさがります。 社会科学方法論執筆当時のドイツ と 現代日本 の背景知識のギャップがありすぎて、具体例が理解の助けにならない という困難です。 例えば、ドイツ歴史学派 と言われても、専門家以外は、なんのことかすぐにはわかりません。

それから、ドイツ語を日本語に翻訳する限界から、意味が一様に理解できない、誤読されかねない箇所がいくつか散見されます。小説なら読み流してしまえばいいのですが、精密な論理の積み重ねである 社会科学方法論 の読解にあっては、歯車の一つの狂いが致命傷になりかねません。

このように、1つでさえそれなりに厄介な困難さが、悪魔合体して、強大な壁となって立ちふさがっているわけです。読破するためには、それなりの準備が必要です。


こんな人にオススメ
まず、読者をある程度選んでしまうのは否めません。大学受験の標準レベルの論説文を意味段落ごとに要約できるくらいの国語力は必要です。さらに、高校で習う公民程度の知識も必要です。これがないと、注が意味をなさないからです。例えば、マルクス、リカード、古典派経済学などのワードを人に説明できるようであれば大丈夫でしょう。勉強熱心な文系学部の大学生、知識欲旺盛なビジネスマンなどが該当すると思います。その中で、社会科学が何を問題としてきたのか興味がある人、読解力のベースアップを図りたい人 に 社会科学方法論 は強く勧められます。


こんな読み方がオススメ
一定の読解力、背景知識を備えていても、大学時代の私がそうであったように、適切な読み方をしないと読破は難しいと思います。ここでいう不適切な読み方とは、流し読み、拾い読み、速読といった類の読み方です。通常のビジネス書の読み方ですね。社会科学方法論 にこれをやると、確実に何が書いてあるのかわからなくなり、挫折します。

オススメの読み方は以下の通りです。
1 ノートを用意する
2 ノートに意味段落ごとの要約を作りながら読んでいく
3 注も読む
4 わからない箇所が出てきたら、注を読んだり、ノートを見返しながら考える。論理が螺旋状に展開するので、大きなテーマと今何を問題にしているかを確認すれば意味がわかることが多い。つまり、全体と照らし合わせながら読む。
5 日を変えて読むときには、これまで自分が作ったノートの要約を最初から見直してから新しい部分に取り掛かる。これにより、全体の展望を見失わずに進んで行くことができる。

このやり方だと時間はかかりますが、確実に理解しながら進んでいくことができます。まず、最初の意味段落を要約できるか試してください。要約できたら、あとは同じことを繰り返すだけです。

読み方に並んで、時間を確保することも重要です。私は、社会人になってから、1週間の長期休暇の際、この本と一緒に西日本を旅して回りました。朝と電車での移動と夜の時間を 社会科学方法論 に充てて、昼間を観光の時間にしました。集中を持続させるのにいいやり方だった思います。その他、自主的な勉強会の課題図書にするのもいいと思います。いずれにせよ、何らかの強制力・集中できる環境 を整えて挑むと良いと思います。

社会学方法論 を読破するとは、修行であり、鑑賞であり、投資でもある体験です。
読後は、一人の人間がここまで考えることができるんだという驚きと、19世紀の知の巨人と対話を交わしてきたという手応えが、星のようにあなたの読書人生を照らしてくれることでしょう。腕に覚えのある読書家の方は 是非、挑戦してみてください。

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