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オスカー・イチャーゾ(神人原型と12の色)

エニアグラムのイチャソの理論は、彼が「神人原型」と呼ぶ人間のモデルあるいは理想形のようなものに基づいて構築された。神と世界と一体化した状態で生まれた人間は、その本質において神の完全な反映又は現れである。しかし、どこかの時点で個の感覚が生じ、自我(エゴ)が発達することで、神、世界、人間の統一性が分離し始める。イチャソはこのように人間の本質(本性)と人間の自我又は人格(本性からの誤った逸脱)を区別する。自我は、神人原型の歪んだイメージであり、幻影的な信念、感情、欲望などで構成され、神からの分離状態を維持し、人間の苦しみを永続させる。自我が減少または除去されると、人間は神と互いに一体となり、祝福された至高の幸福と充足の状態に回復することが出来るとされる。(後の彼の教えでは、自我は相対的な心、本質は絶対的な心と同義になった。苦しみは、絶対的な心が相対的な心から分離されているためで、再び統合された時解消される。相対的な心は装飾的な心とも言われ、絶対的な心の反射又は「影」であるとされる。

wikipediaより引用

このイチャソの理論は、私が自らのインスピレーションから得た知識を元に作った理論とまったく内容は同じだ。この理論を見た時、自分がこれまで書いてきた理論がまさに、これだと思って自分自身鳥肌が立った。

以上の二つは、今私が運営しているセルフマネジメントのホームページだけれど、はじめて見る人がこれを見たら、エニアグラムのパクリじゃん!言っていること!といわれているくらいに、私がこれまで17年かけて自らのインスピレーションを元に作り上げてきたものは、そっくりです。

ただ1つ違うところは、エニアグラムは9つのタイポロジーなのに対して、私に降ろされた智慧は、12プラス1のタイポロジーです。私のタイポロジーは13の色を使いますが、この13の色の内12の色を束にしたものを光、そして残りの1つを光以外のものと定義しています。

この光以外のものとは言ってみれば、私たちを覆う闇のことです。この12の束とは異なる1つの色、これはわたしたちを包み、そしてそれがすべてを掌握した時、私たちはもう本来の自分(自己、本性)に還ってくることは出来ないと考えます。

この1つの色は、12の色の束の周りを覆うように存在しています。私に降ろされた理論からすれば、この1つの色は12の色で出来ている光を引き裂き解体させる力であるという事になります。

私が提示する光というのは、12の色が相互にバランスよく整っていることで発現するものと考えます。しかし、この光が、外側にある1という強力な力に引っ張られることになり、その光の内的均衡が壊される。つまり、この状態は、自我が自己の内側に入り、自己を浸食し、そして自己を破壊するという事になります。

私が自らのインスピレーションによって授かった智慧は、イチャソのいうように、自我と自己を分け、この自己を回復させる方法を私に教えてくれました。これは、とても神秘的な方法で私個人に降ろされた理論です。

こんなことを言ってもなかなか未だに世間では受け入れられませんが、確かに私の元にも、イチャソとまったく同じ思想が下りてきています。それを私は書いています。

私の理論だと、個人の中にそもそもパーフェクトな光があった。でも、それがエゴの発達により、粉々に分断されてしまった。つまり、エゴの現れにより、そこに内在していた光は消えていってしまったと考えます。

エゴとは、光を自分のものとして自身に引き込んだものと考えます。そもそも私なんてものはなかった、在るのは光だけだった。でも、その光を私たち人間は個人のものとして、その全体を引き裂いて、その光をわがものとした。

でも、その光はそもそも個人が所有することが出来るものではなく、人間が自らの欲求に従って、その光をわがものとすれば、その光は、その個人の中で維持することは出来ずに消えていく。つまり、エゴが生きるために、全体を引き裂き、そこから得た自己のエネルギーで自我は自らを維持しようとした。つまり、自己(光)の持つ力を利用して自我(エゴ)を確立させたという事になります。

私というものが欲しかった私たちは、光というソースを分解して、それぞれの人間がそれぞれの欲求の為に、そもそも分解などしてはいけないものを分解してしまった。

光こそが、わたしたち人間の本質であったのに、その光がエゴにより解体されたことで、光は今や個人の中で、そして世界の中で維持することが不可能になった。

私に強いインスピレーションを与え、イチャソと全く瓜二つの理論を書かせた存在は、光の解体こそがすべての悪の始まり、終末の人間の始まりだとそういいます。

私たちは自らのエゴをあまりにも大きくしすぎて、そのせいで、その核となる光があったこと、もっと言えば、自分が光そのものであったという事を忘れてしまっています。

だからこそ、エゴを細かく分析し、そしてそのエゴを認識することで、そこから解脱し光と統合しよう!というのが、私に与えられたインスピレーションによる理論です。

12の色は互いに補色の関係でつながっており、エゴが強い私たち人間は、この補色の関係が皆どちらか一方に傾いていると考えます。その偏りをわたしの理論でも、やはり回復させ均衡を保たせることで、内在的な光(自己)を回復させることが可能だと謳います。

1950年代に生きたオスカーイチャソという方と、今自分に毎日降りてくるインスピレーションを元に書き出した理論に恐ろしいほどの共通項がある事に正直戸惑いを覚えますが、実際問題私は今自分の理論を書いています。

私の理論は二つの二項対立を解消させ、その上に新たな人格を形成させることを目的としています。エゴの昇華、消滅により、そもそもあった自分の本性を顕現させる。これが私にもたらされた理論が一番に求めるところです。

対立などそもそもない。あるのは唯一ただ光のみである。これはイチャソのいう神人原型そのものを意味します。私たちが光に還る。自らの内に光を回復させる事とは、まさに彼のいう神人原型そのものを顕現させることとまったく一緒であるといえると思います。

世間虚仮、唯仏是真。

もし私の様な人間に興味などありましたら、冒頭に乗せたホームページをご覧ください。そこにはイチャソが説いた理論と同じような理論が展開されています。


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