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一目惚れ

久々に一目惚れした。初めて出会った日の午後には、誰かの手に渡ってしまうことが分かっていた。オークション前の展示会は、賑わっている。パーティーのように会話する華やかな人達の間で、私はひとり、横幅4メートルもある絵に見入る。近くでじっくり。少し離れたところからぼんやり。できれば、絵の前で会話している紳士ふたりに少しだけ移動して欲しいが、遠慮して言えない。不意に後方からカシャっとシャッターを切る音がする。振り返ると、三脚に乗せたカメラがこちらを向いている。気のせいかもしれないが、何となくその場を離れる。

暫く他のアートを鑑賞してから、またあの絵に戻ろうかとも思ったが、やめた。

その日、その絵は約40億円で買われた。残念ながら、こんな高額を出せるのは美術館ではない。しかし、個人が所有する美術品も、オーナー次第で時々展示会に貸し出される可能性はある。としても、展示会に気付き、その国まで観に行く可能性は低いだろう。再度売りに出される絵もあるが、買える確率は白馬に乗って王子様がやってくる確率位だろうか。掛ける場所もない巨大な名画も、付き合ったら不自由に決まっている王子様もいらないけれど。携帯の待ち受け画面にその絵を借りながら、空想にふける。また会えたら運命だな、なんて夢見ながら。きっと手に入らないものに焦がれるのだろう。

ドイツの巨匠ゲルハルト・リヒターは、キャンバスに塗った絵の具の上に長い板を滑らせてのばす。偶然性を取り入れた画家は他にも沢山いるが、パフォーマンス要素を取り入れたジャクソン・ポロックやイブ・クラインに比べて、リヒターは禅的である。色彩が際立って美しい。

https://www.sothebys.com/en/buy/auction/2023/modern-contemporary-evening-auction/abstraktes-bild-2


あれから1年近く経ち、再び一目惚れした。イノシシの彫刻。ロンドン・アート・フェアの広大な会場で、数えきれない美術品に囲まれていても威厳に満ちていた小さなイノシシ。既に購入予約があるのか、タイトルも値段もついていない。調べたら、エリザベス・フリンクという英国のアーティストだった。今度は手に入らないイノシシが、私の携帯の壁紙上を歩いている。

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