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第7章Unschärferelation-1


Vol.1

 プシュー。新幹線のドアが開閉するのと同時に人々が駅のホームへと繰り出していく。僕は、流れる人混みに誘われていた。改札に向かうまで、さながら参勤交代のような長い列が続いていた。誰もが、楽しい年末をすごすのだろうか。すれ違う人々は、キャリーバックを片手に楽しそうな会話をしながら歩いている。たまに見かけるサラリーマンはまだ、仕事だろうか。スマホを片手にどこかに連絡をかけながら平謝りをしている。牛歩のような感覚でゆっくりゆっくりと改札を出ると、香ばしくて甘いクロワッサンの香りが駅の中を満たしていた。この香りを嗅ぐと博多駅に着いたという気持ちになる。香ばしい香りが鼻口から伝わり帰省を知らせている。新幹線で帰省するのは非常に時間がかかるのだが、この香りを嗅ぎたくてわざと新幹線で帰っていることもある。なんて、村上春樹の小説に出てくる一癖二癖くらいありそうな主人公めいたことを頭の中で呟いた。実のところを言うと、年末の飛行機代は跳ね上がる。そうすると、新幹線との料金を比較するとほとんど変わらない料金になるのだ。むしろ、空港までの交通費や時間を足してやるとそんなに変わらないのだ。そんなこんなで新幹線という乗っているだけで到着する交通機関が選択されたのだ。

 さて、みんなとの集合場所である居酒屋に向かうため、僕は博多駅から地下鉄線に向かい、天神を目指した。その前に一旦荷物を駅のロッカー預けた。最近のコインロッカーはSuicaで支払いができるのかと感心しながらキャリーバックが入るサイズのものに入れた。さてさて、同窓会の会場となっている天神まで僕は人混みをかき分けながら地下鉄の入り口へと足を運んでいく。待ち合わせの時間まで1時間は余裕がある。早くついてしまったみたいだが、まあいいだろう。待ち合わせのお店の近くは繁華街になっており、近くの本屋か何かによって暇を潰そう。そう思った。

「ちょっとどいて。」

威勢のいいおばさんが僕にぶつかってきた。イテっと僕が呟くと、威勢のいいおばさんが僕がまるで悪役みたいに睨みつけてきた。このおばさんは自分のことしか見えていないんだな。半分呆れながら道を進むと後ろから、スーツ姿のサラリーマンがぶつかってきてチッと舌打ちを僕に向けて発した。なんなんだ。まったく。どいつもこいつも自己中なことをして。人混みの多さにやられていたのにさらに嫌なことが続き、この後はいいことがあればいいなと他力本願に神に祈った。そうこうしながら改札を抜けるためにポケットからスマホを取り出し、改札にかざした。不意に占いを見ると今日はなんと運勢が最高の日だった。最高の日なのになんであんな嫌なことが立て続けにあったのだろうか。そう思い返すと、最近自分に起きた不幸がさらにそれを凌ぐものだったことを思い出した。凛の死に比べれば、自己中な人に当たることくらい大したことではないと僕は思った。そうこうしていると、地下鉄のホームに着いた。ホームには人が溢れており、次の電車に乗れるのか怪しかった。電車がホームに到着し車内に目を向けると、人がぎゅうぎゅう詰に収納されており、電車のドアが開くと同時に収納された人々が一斉に溢れ出した。僕は、また人混みを泳ぎやっとのことで車内に入り込み天神へと向かった。

「ねえ、知ってる。そろそろ隣国で戦争が起きるかもしれないんだって。」

「知ってるよ。数年前にあった北の国が引き起こした戦争に触発されて踏み切ったやつでしょ。」

「いつ日本も侵略されるかわからないよね。」

「確かに。」


「もうすぐ、共通試験があるのに全然成績が上がらない。このままじゃ志望校受からないよ。」

「大丈夫。まだ一ヶ月あるけん。うちらなら大丈夫よ。」

「お前はいいよな。推薦で大学が決まってるから。」


「ねえ、聞いた。」

「何を。」

「事務の大林さんと経理の松山さん付き合ってるらしいわよ。」

「えー、あの二人仲悪いかと思ってたのに。」

「そうよね。あの二人こないだニトリでデートしてたのを田中専務に見られたらしいのよ。」

人々が車内でたわいのない会話をしている。政治の話や受験の話、社内ゴシップなどなど。誰もが日々であうことを楽しそうに話している。羨ましい。僕もたわいのない会話をしたかった。そんな雑談相手は僕の前からどんどん去っていく。同期や水卜先輩は僕を置いて違う場所で誰かと楽しく雑談をしているのだろうか。もう僕のことなんて忘れてしまっているんじゃないだろうか。僕は、彼らの人生の中の1コマ、友人Aのような存在なんだから。

 僕は、たまに思うことがある。「人生とはなんなのか。」学生時代、哲学の講義を受講していたことがある。講義は、淡々と進められていくスタイル。死や愛といった議題をテーマに教授が講義を進めていく。ただその講義は、教授の一人喋りで持論を解いていく。実際問題何が哲学なのかわからない僕らにとっては、哲学的文章とはなんなのかよくわからなかった。語られていることが哲学なのか、教授が自分に酔って発言しているのか意味がわからない。正直、退屈な授業だった。そんな講義の最終回でテストが行われた。いくつかの議題の中について自分の哲学を述べろというテスト。僕は、その中で「人生とはなんなのか。」についてを選んだ。自分でもなぜこの議題を選んだのかわからない。ただそここにポツリと書かれた文字になぜか心が惹かれたのだ。テストの時間は90分。僕はシャープペンシルを握りながら人生について考え始めた。しかし、僕は握ったシャープペンシルを縦に動かすだけで何も進めることができなかった。今まで、20年あまり生きてきて「人生とはなんなのか。」なんて考える暇もなく、ただただ学校に通い、何を考えるわけでもなく今まで身を任せてきた。義務教育に従い、高校に進学し、大学に行きなさいと言われるがごとくなんの迷いもなくその選択をしてきた。その選択でさえ、何か大きな野望があったわけではない。そうする方が一般的だ。という風潮にながされてここまで進んできたのだ。そんな人間が人生について何を語れというのだろうか。僕は、自分の将来を想像してみた。東京の企業に就職して、東京の街を散歩する休日。素敵な彼女と夕食を食べながらテレビやYoutubeを見て笑いながら過ごす日々。夢に見るような高層階のマンションで優雅に暮らす日常。たまの休みは海外旅行にいきルーブル美術館やエッフェル塔なんかをぶらりと訪れるのもいいんじゃないだろうか。そんな妄想に耽っていると時間は30分も過ぎていた。早く文章を書かないと、このままでは単位を落としてしまう。そう焦って、ペンを走らせようとするもののシャープペンシルの重力が100gを超えているため走り出すことができない。物理学の講義で仕事という事象を習ったことがある。

W=Fx

W:仕事 F:力 x:距離

つまり、この式が表すのは、仕事は力を使ってどのくらい物体を動かしたのかということだ。僕は、今ペンを1ミリたりとも動かしていない。つまり仕事をしていないのだ。さらに、人生において自分を1ミリたりとも動かしていない。つまり人生という仕事を全くしていないのだ。力すら外力であり、内力的な要因によって外力を逆らってっはいない。全くどうしたものか。僕は困り果ててしまった。その後もシャープペンシルを分解したり、まだ新品のままの芯を無駄に入れ替えたり、未来の自分を夢見みて妄想しては現実に戻ってくるを繰り返した。無限にあるように感じたテスト時間も残り3分になっていた。しかし、仕事をしていない僕の解答用紙は白紙のままだった。そこで僕は、白紙で出すわけにもいかないから、

W=Fx

W:人生 F:自らの意志での行動力 x:進んだ時間の距離

とだけ解答用紙に記入して提出した。提出し終えると、退出していい仕組みになっていたので僕はそのまま図書館に行って暇を潰そうと考えながら振り返ると、もう受講者の9割は退出していた。僕は、こんなにマイノリティな環境に自分が侵されていたことに少し恐怖しながら教室を後にした。人生なんていう慣れないようなことを考えたせいでとてもお腹が空いた。脳が糖質を欲している。お昼ご飯を食べようと学食に足を運ぶと、少しお昼には早い時間だということもあり、人はまばらだった。僕は、券売機の前にたった。普段僕は、学食を食べない。お弁当を自炊して持ってくるようにしている。貧乏大学生の僕には学食での毎日の食事ですら贅沢だった。だが、テスト期間中は、テスト勉強を頑張った自分へのご褒美という名目で学食を食べることにしている。まあ、哲学はテスト勉強なんてしたことは無いけれど。チキン南蛮定食と塩麹唐揚げ定食。なんだかこの二つが目に止まった。僕は、二つの定食を想像してみた。タルタルソースと甘酸っぱいソースのかかったチキン南蛮。きっと一切れでご飯一杯は行けてしまうくらいだろう。塩麹によって柔らかくジューシーな揚げたての唐揚げ。ご飯が飲み物に感じてしまうくらい美味しいだろう。「うーん、どれにしようか。」普段食べないからこそ、1回1回の学食で食べるご飯を大切にしようと考えてしまう。僕は、手に小銭を握り暫く券売機の前で立ち尽くしていた。口の中に唾液だけが溜まっていく。そんなこんなで暫く考えていると後ろから他の学生が数人やってきた。僕は、このまま立ち尽くしていると邪魔になってしあうと思い、数秒で精神世界で熟考し考え抜いた果てに塩麹唐揚げにすることにした。

「塩麹唐揚げお願いします。ご飯大盛りで。」

「はいよ。塩麹唐揚げ1つ。」

学食のカウンターに券売機で購入した券を出すと、おばちゃんが大きな声で注文をコールした。すると奥の方にいる調理師さんが僕の塩麹唐揚げを準備し始めた。

「ごめんね、ちょうど今からあげるから5分くらいかかるけどいいかな。」

「大丈夫です。」

タイミングが良かった。揚げたての塩麹唐揚げが食べられるなんて学食じゃまずない。最高に美味しいんだろうな。と思うと唾液が口の中を満たした。想像だけでご飯が一杯いけそうな勢いだった。僕が塩麹唐揚げを待っている間にどんどんと学生たちが学食へとやってきた。あと20分遅く着ていたらきっとゆっくりご飯を選ぶ暇もなかっただろう。

「はい、お兄ちゃん、揚げたての塩麹唐揚げね。待たせて悪かったわね。一個唐揚げおまけしておいたから。」

「ありがとうございます。」

おばちゃんが笑顔で渡してきた大きな塩麹唐揚げは通常は6つだが7つもさらに乗っていた。なんだか今日はラッキーが続いている気がした。僕は、ご飯大盛りと味噌汁、麦茶、漬物を塩麹唐揚げと一緒にトレーに乗せて学食の一人用のカウンター席に置いた。席につき、手を合わせて小さく「いただきます。」と呟いた。いよいよ念願の塩麹唐揚げを僕は食べた。サック、片栗粉が多めについていたため、非常にサクサクしている。一口齧るとジューシーな肉汁が口の中に滴り、脳内にセロトニンを分泌させていく。何かの論文に書かれていたが、人の味覚の中には脂肪酸を感じる器官があるらしい。人類は、飢餓による死を免れるため、脂肪や糖を欲していることは歴史が物語っている。唐揚げが嫌いな人間を見つける方がむずかしいだろう。僕は、もう一口唐揚げを齧り、ご飯を水のように口の中へ流し込んだ。脂肪と糖が口の中で混ざり合う。ああ、幸せだ。これが僕の生きる中で至福の時である。人生は唐揚げを食べるためにある。そう言っても過言では無いかもしれない。まあ、この揚げ物を食べても胃がもたれないのは若さゆえの特権ということは周りの大人を見ればわかることだが。いつか僕も唐揚げを山ほど頬張れなくなる日が来るのだろうか。そんなことを思いながら僕は唐揚げを一つ食べてはご飯をかき込み、唐揚げを一つ食べてはご飯をかき込んだ。ご飯のほうが速くなくなってしまったので、ここからは、味変で唐揚げを楽しむ。うちの学食には自由に使うことができるドレッシングが3種類存在しており、僕はそれぞれ3種類を唐揚げにかけた。マヨネーズ、和風ドレッシング、胡麻ドレッシングだ。そう、脂である唐揚げに油をかけるという暴挙だ。毎日これをしていたら僕は体を壊してしまうんだろうなと想像するが、たまに食べる愉悦だからこそ許される。それに、チキン南蛮では、このような味変カンフージェネレーションは起こすことができない。なぜなら、甘酢が強すぎるのだ。強過ぎて和風ドレッシングと胡麻ドレッシングの主張がなくなってしまう。また、すでにタルタルソースがかかっているためマヨネーズはほとんど意味をなさない。僕は、同じ味の美味しいものを食べるよりも様々な味を試しながら多くの味を楽しむほうが好きである。回転寿司に言っても醤油をいくつも多用して魚に合わせたマリアージュを探すし、トンカツを食べても塩やソース、マヨネーズ、カラシの組み合わせなどを試してトンカツの可能性を引き出すことを楽しんでいる。同じものをルーティン化するより初めてに楽しみを見出すタイプなのだ。そんなことを頭の中で思いながら、唐揚げを堪能していると、僕の友人である蒲田康平がやってきた。

「学食でご飯食べているなんて珍しいな。」

「さすがにテスト期間くらいはご褒美としていいかなと思って。」

「そりゃそうだ。にして、テストテストで毎日しんどい。」

「確かに。でも、あとは統計学のテストだけだから。」

「それが一番しんどいやん。」

そう言って康平はため息を吐きながら僕の隣に座った。彼は毎日学食生活をしていて学食のメニューについては知り尽くしていた。そんな彼が食べているメニューは、夏限定の冷やし中華定食だ。毎日食べている人にとって定番メニューよりは限定メニューを食べることが楽しいのかもしれない。康平は、ズズッと冷やし中華を啜った。

「それはそうと、康平はお盆に実家に帰省するのか。」

「帰るよ。今年はじいちゃんの3回帰だからな。」

「そうか。」

「お前は帰るの。」

「帰る予定だよ。同窓会もあるみたいだし。」

「おお、いいじゃん。小学校とかの同窓会か。」

「いや、中学校の時の部活の連中。早いもんで、もう結婚したやつがいてそれのお祝いも含んでる。」

「21歳位だよな。結婚早いな。」

康平は少し咽せ、冷やし中華を口から零しながら驚いた。

「地元に残った高卒の人だからな。やっぱり結婚するの早いよ。ウチの地元には更に上がいて、もうバツイチ子持ちがいるくらいだ。」

康平は鼻から冷やし中華を出して驚いた。

「バツイチ。早すぎるだろ。」

「汚い食い方だな。もうちょっと綺麗に食べろよ。」

「いいやん。お前が変なこと言うからだろ。21歳でバツイチとかドラマの世界かと思ったよ。」

「まあ、高卒なんてそんなもんでしょ。社会に出るのが僕らよりも早いわけだし。」

「確かにな、社会人って僕らが思っているよりそういう出会いとかも多いだろうな。」

康平は、いつの間にか冷やし中華を食べ終わっていた。麦茶を飲みながら康平は口をもぐもぐさせていた。

「しかし、社会人ってどんな感じなんだろうね。学生の頃は、卒業というものがあったけど、社会人には卒業がないわけだし、ずっと40年くらい働かないといけないわけじゃない。正直、社会人になるのが怖いよ。」

「そうだよな。こんな感じに気楽に大学生やってるほうが楽だよな。金はないけど。」

「石油でも掘り当てて一生楽して暮らしたいな。」

「おいおい、石油王になりたいのかよ。この日本で石油が出る確率なんてほとんどないぞ。強いていうならメタンハイドレードとかが一番いいんじゃないか。」

「理系出してくるなよ。そういうの女の子にモテないぞ。」

「いや、彼女おるしな。」

康平はドヤ顔で僕の方を見てきた。ムカつくやつだ。なんでこんなやつに彼女がいるのに僕にはできないんだと思った。

「怒るなよ。お前もすぐにできるって。」

「それ、よく言われるんだができた試しがない。」

康平は笑いながらお茶を啜った。

「お前、良い人で終わるタイプだもんな。試行錯誤が足りないんじゃないの。それか、彼女フラグ全部へし折ってきたとか。」

「なんだよ、彼女フラグって。」

「女の子の見せる好意のサインだよ。」

「なんだよそれ、好きならもっとわかりやすく言ってくれよ。」

「そういうことを言っているようじゃ、彼女ができるのはまだまだ先だな。」

「うるさいな。」

僕は、康平の鋭いコメントを流し込むかのようにしてお茶を飲んだ。こんな茶々を入れた康平との楽しい日常がいつかは終ってしまう。そんなことに少し寂しさを感じた。僕は先ほどの哲学のテストの「人生とはなんなのか。」この答えを康平に聞いてみた。

「人生とはなんなのか。知らんよそんなもん。美味しいもの食って、遊んでいることじゃね。」

「遊び人かよ。」

「実際そんなもんだろ。自分の中で楽しいとか感じるものを大切にしたほうがいいだろ。意味なんて生きてる間に考えなくても、そのうち出てくるやろ。」

「そんなもんなんかな。」

僕は、麦茶を啜りながら呟いた。

「そんなこと考えてばっかりだと、人生楽しめずにすぐジジイになっちゃうぞ。」

康平はそう言って僕の肩を叩いた。僕らは、席を立ち食器を返却して夏空の下を歩いた。康平の言う人生観について正解なのか不正解なのかを考えながら僕らは図書館へと残暑から逃げるために急いだ。

 図書館へ入ると一気に冷房が出迎えてくれた。

「さすが図書館は涼しいな。真夏の天国だよ。」

康平はtシャツを仰ぎながら呟いた。僕も康平と同じようにtシャツで仰いでいた。図書館には人がまばらにいた。テスト勉強をしている人、読書をしている人、昼寝している人。様々な人がいた。

「意外と人がいないね。テスト期間なのに。」

「みんな余裕なんじゃないの。俺らみたいにギリギリ単位生活してないんだよ。」

「それしてるのお前だけだから。」

「おお、言ってくれるな。バイトが忙しいから仕方ないだろ。」

「居酒屋バイトなんてやるからだよ。」

康平は、居酒屋でバイトしていた。居酒屋バイトは、確かに時給がいいが夜遅くまで働くため、学業がおろそかになることで有名だった。康平もその例外になることはなく、居酒屋バイトを始めてから学業がどんどんおろそかになっていった。

「ところで、統計学のテスト範囲教えてくれ。」

「はいはい。t検定とガンマ分布、あとポアソン分布のところが重点的にでるって。あと、こないだ配られたプリントの3枚目のところは復習しておいた方がいいって言ってたよ。」

「さすが、露祺。毎回助かる。で、そのプリントなんだけど、コピーしていいかな。」

「今度、スタバ奢れよ。」

「サンキュー。まあそれは出世払いで。」

そう言って康平はコピー機へと足を運んだ。全く、こいつは僕がこうやって教えてやっていなかったらすぐに留年してしまうんじゃないか。そう思いながら僕はため息をついた。逆に言えば人生を楽しんでいるのかもしれない。少し羨ましさを感じた。こうやって、要領よく生きていくことができる人間が彼女を作ったり楽しんで遊んだりすることができるのだろう。康平は、友好関係も広く色々な人と飲みにいったり遊んだりしていた。対する僕は、大学の知り合いの康平とコンビニバイトのバイトメンバーくらいだ。別に友達が多い方がいいというわけではないのだが、そうやって幅広いメンバーの中でも自分という存在を示しながら楽しめている康平がすごいと思っていたのだ。お前みたいになっていたら僕は「人生とはなんなのか」についての意味を出すことができていたのかもしれない。リンゴが木から落ちて地面に落ちるように、僕もこの世界に産み落とされて、無難な人生を堕ちていくのかもしれない。社会の奴隷として歩んでいくことが僕の人生なのかもしれない。統計学の教科書をペラペラとめくりながら僕は正規分布のページを探した。正規分布を外れるような存在。テレビやYoutubeで活躍するような存在にはなれない。僕は、正規分布に綺麗にしr違う存在なのだから。後数年で、社会の綺麗な歯車になるための努力をしていくのだろう。徐に、筆箱を取り出しそろそろ勉強を始めようと思い筆記用具を取り出した。手が滑り、シャープペンシルが床に堕ちてしまった。僕は、「しまった。」と思った。このシャープペンシルは先が細いため、床に落としたら先が曲がってしまう。僕は、何度かこれによってシャープペンシルをおじゃんにしてしまったことがある。どうしよう。そう思いながら恐る恐るみてみると、シャープペンシルは無事だった。「よかった。」と胸を撫で下ろし、僕はシャープペンシルを拾い上げた。それにしてもただプリントをコピーしにいっただけなのに康平がなかなか帰ってこないなとと僕は少し不安になった。僕はスマホを取り出して康平にメッセージを送ろうとすると、またシャープペンシルを落としてしまった。先ほどより「しまった。」という気持ちが薄くシャープペンシルを拾った。すると、今度はシャープペンシルの先が曲がっていた。「マジか。」僕はスマホを見つめながら一つため息をついた。

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