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刑務所の王(著:井口俊英)【その読書紹介は、圧倒的に野蛮で、そして魅力的だった】

アメリカには、刑務所の中だけで暗躍する刑務所ギャングというものが存在するそうです。
普通ならありえないと思うのですが、
アメリカの刑務所は人権を尊重するために、囚人の個人的なところには立ち入らない制度であり、そのため裏でこんな風に暗躍する連中が出始めました。

でも刑務所世界では白人は圧倒的に劣勢。
最強は黒人勢力と、次にメキシコ系勢力。
要するに貧困層を形成しやすい民族の方が多数派で当然ながら戦闘力も高い。
白人はいつも一方的にぶちのめされ、外とは逆のヒエラルキーで搾取されました。

で、白人勢力も遅ればせながら、対抗できる互助団体を作ったのが、
アーリアン・ブラザーフッド、略してABです。
ネオナチっぽい名前にしていますが、あんまり思想は関係ないです。
白人受刑者の互助団体なので、白人がのっかれて他者が怖がる名前にしたのですね。

さて。時は90年代初頭。
大和証券がペナルティを食らった際に、日本のとある証券マンが、アメリカの刑務所に送られてきました。
彼はとてもしょぼくれていました。
だが隣房の男が、刑務官の人を見下した態度に、鉄槌を・・・いや注意を与えていたのに出くわす。
そうやって知り合った二人は、やがてお互いの事情を語り合う。
彼は「お前が日本語で書くんなら、話をしてやってもいいぞ」と語る。

片や転落した日本のエリート証券マン。
もう片方は、ABの創始者、服役歴30年以上の刑務所の王、ジョージ・ハープ。

****

刑務所の王の最も重い犯罪は、殺人です。
第一級殺人。だから基本、無期刑なんですね。(たぶんそう)
しかし最初は朴訥な青年で、アメフトの選手として活躍して、有名チームへのオファーも来ていました。ところが何かの手違いで誤認逮捕されてしまう。

冤罪を訴えても相手にされず、ついに刑期が終わった時には、どこにも行く場所がなかったのでした。
そこで銀行強盗を始める。開き直って闇社会で生きていくことにしたんです。
逃亡家業の中で妻と結婚したものの、やがて逮捕。

更に刑務所内で、なんども暴力を受けましたが、
刑務官から、あるいは受刑囚から。
そのたびにハープは、アメフトで鍛え上げた圧倒的な肉体で相手を返り討ちにしてきたのです。
己の仇を己でとる。でもそのたびに刑期が長くなる。

やがて一目置かれるようになったハープは、前述の白人受刑囚の問題を相談される。
考えた結果、ネオナチ的互助団体を創始。
もっともハープ自身は、本の脚色かもしれませんが、あんまりそういう色気はありません。
そもそも日本人受刑者と意気投合して、本書ができたくらいですからね。

このアーリアン・ブラザーフッドは、
ブラッドインブラッドアウトという血の掟を持ちます。
入るときは敵を殺して名誉を認められた時。
出るときは仲間に粛正された時。
組織の規律を神格化する際にもちいる、新選組の士道不覚後みたいなアレですが。

著者が語るジョージ・ハープは、男の中の男、といったイメージです。
しょせん犯罪者のくせに、なんて思ってしまうかもしれませんが、
意外と職業犯罪者の方が、人間としての道徳や誇りを尊重しているきらいがあります。
これは別に不思議でもなんでもなくて、

極限環境で第3者の信頼保証など何もない世界だからこそ、
誇りとか信用とか、
そういう人間の道徳といった部分に、一家言を持ちます。
そしてそれは圧倒的な説得力があります。

大人に教えられた嘘くさい大人に都合のいい道徳ではなく、
自分の肉体でひとつずつ、確かめてきた道徳だから。

侵害に対しては暴力で反撃し、
侮りや見下しに対しても、自分の力と肉体だけを頼りにして、
自分の絶対に譲れない線を守り通してきた。
守れないものは生き残れなかった。
暴力の中で生きてきた者だからこそ、
人間の尊厳という言葉の重みを、
皮層感覚として知っているようなところがあります。

尊厳を失うくらいなら、死ぬくらいのことは、どうということでもない。
だからたとえ圧倒的な相手に対しても、ひるむことなく戦う。
そしてそこで死ななければ、必ず強くなれると。

任侠と言う言葉も、やくざの言葉でしたよね。
そういえば、軍人とか武士とか騎士の人たちも、誇りや尊厳という部分で異常なまでにこだわります。
暴力を生活の中に取り込んでいる人たちは、職業的であるほどに、尊厳という言葉の貴重さ大切さを皮層感覚で知っている人たちのような気がします。

尊厳のまったくない戦場で生き残るためには、
気概や信条がどれほど大事か。

富や権力は、魂をまったく守ってはくれない。

自分の尊厳を守ることができるのは、
非人間的な場所で、人間でありつづけるために不可欠なものとは、
どれほど劣勢であっても戦いにひるまない勇気と、
命を失ってでも守り通すと決めた誇りだけ。
つまり己の心の強さのみが、かけがえのない尊厳を守ることができる最後の武器なのだと。

そして彼らは、尊厳を失ってただ暴力の使徒に成り下がった戦士を軽蔑するのです。
そういう連中をチンピラと呼ぶんでしたよね。

もちろん、実際の裏社会では、自分勝手で都合のいい暴力の信奉者の方が圧倒的に多いのでしょうが、そういう人は概して最強ではなかったりします。
少なくとも敬意をもって遇されることはない。

****
著者は日本人の落ちぶれた証券マンです。
彼は、自分の住んでいた嘘で塗り固めた世界から、

暴力の真っただ中で生きるため、逆に人としての誇りと道徳を、何よりも重んずる刑務所の王の実像に、

その落差に衝撃を受けたのでした。

****
本来、日本人は戦闘民族でした。
少なくとも、明治に日本の道徳を世界に宣伝した本ではそうなっていました。
新渡戸稲造とかですね。
武士道の道徳律があるからこそ、日本はキリスト教世界に逆に近いのだと。
戦士だから道徳を知っているんだぞと。

その話が、この暴力の王の話と、ふしぎとつながりました。
そしてご存じの通り、
日本人はその後の経緯で、戦いを否定し、忘れ去りました。

平和な世界では、道徳は破壊されていきます。
一方で、あらゆる道徳が否定された地獄のような場所でこそ、
逆説的に本物の道徳が生まれてきます。

これで良かったのでしょうか?
もちろん戦争の方がいいとかいう極論は無しにしても、
何か大事な、かけがえのないものを失った、それってこれのことなんじゃ?

この本は私に対して、現状への強い問題意識という爪痕を残しました。
***

ジョージ・ハープは、その後、保釈されます。
老いが彼に引退を決意させたというのもありますが、
若いABが権力闘争で暴走するのを止めるために、
ついに警察に情報提供をし始めたというのもあります。

ハープのような男にとって、命をかけて戦うべき時と、
命をかけなくてもいいようなくだらない戦いとは、峻別されます。
自分がボスとして睨みを利かせていた時代が終わり、
若造が勝手なことを始めるようになってからは、
無辜の被害者を出さぬために、あえて河岸を替えたのでしょう。

ただ、それは本人にしかわからないことであり、
ギャングどもから見れば、裏切り行為であり、
一般人から見れば、まともに戻ったということでもあります。
私たちは、私たちの視点からしか、相手を評価できませんから。

そんなわけでついに保釈されたハープは、
逆に警察の証人保護プログラムの適用を受けて、
おそらくどこかの田舎町に、ずっと待たせていた妻と共に隠居したのでしょう。
著書である日本の元証券マンが書いた本も、
FBIはわざわざ日本から取り寄せて、それを翻訳させたそうです。
それが本書です。

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