ポイティンガ_図

文明と地図を考える その11

今回は、前回記事から少しだけ時代を戻り、再び古代ローマ時代です。

ローマ時代の有名な地図と言えば、以前の記事でも取り上げたプトレマイオスの地図です。

ギリシャ人であるプトレマイオスによって、天文学や地理記などの情報を総合し、経緯度を引き、科学的な正確さを重視して描かれました。

一方、ローマ人の気質がよく表れているのが、ポイティンガー図です。

これは、ローマ帝国の領を縦30㎝、横7mほどにまとめた地図です。
(この画像は部分的なものです)

この地図で特徴的なのは

・地形は、全く正確に描かれていない
 (細かい海岸線などを描こうとする気配はほとんど感じない)

・陸上に、線が細かく描かれている

・何か文字がたくさん書いてある

という点です。
ちょっと拡大してみます。

実はこの地図、プトレマイオスの地図と比べると描かれた目的が全く異なります。


プトレマイオスの地図は、本人の地理学について述べた言葉にもありますが

「知られている全世界を、そこに介在する現象ともども絵によって表現する」

というコンセプトで描かれています。
これを表現するために、プトレマイオスは投影法、経緯線、座標といった技法を開発し、できるだけ俯瞰的で正確な世界地図を描こうとしました。
結果として、データに不十分な点はあるものの、プトレマイオスの地図を超える世界地図はその後近代まで現れませんでした。
実用性より知の探究を重んじるギリシャ人の気質をよく表した地図とも言えるでしょう。

しかし一方で、ローマ人は違った気質を持っていました。そのことは、両者の装飾品を見てもよくわかります。

これは、古代ギリシャのアクセサリーです。

打ち出しや線条細工、線刻といった優れた金属加工技術を駆使して、これでもかというくらい凝った装飾のものを作っています。

一方、古代ローマでは、首飾りに使う素材は宝石が主役となり、作りもシンプルなものになります。
また、男性は必ず指輪をしていたのですが、それはこいうものでした。

これはインタリオと呼ばれていて、装飾品であると同時に、手紙の封蠟に押し付ける印鑑のようなものでした。
美のセンスも素晴らしいですが、あくまでもシンプルかつ実用的…。


この気質は学問にも表れていて、

ギリシャ人は思想的・基礎的研究(知の探究)が得意
ローマ人は実用的・実践的な研究を重視

という傾向がありました。

ローマ人は、今までの技術で実用的なものを応用発展させる力に長けていたのです。

では、ローマ人はこの地図に何の実用性を求めたのか…。
それは、この地図をもっと拡大するとわかります。

都市から線が伸びていて、文字が書いてあります。

文字の後ろにXIやVIIIというものが見えますよね。これは距離を示しています。

つまり…この地図、都市間を結ぶ道路と、その距離を示した地図なのです。現在でいう道路地図ですね。

ローマ帝国は、優れた土木技術を駆使して領域に「ローマ街道」と呼ばれる道路網を建設しました(下の画像は、現存する街道=アッピア街道)

すべての道はローマに通ず」という言葉でも有名ですね。

全てローマに通じる道路を作ったからには、ローマ中心の道路地図を作ろう!というのは、自然な流れではあります。

道路地図で必要な情報は

・どこに何があるか(目的地や目標物になりえるもの)

・そこまでどう行けばいいのか(ルート)

・目的地までの距離

ですよね。

その情報を集めるべく、当時のローマ帝国の将軍アグリッパは、アウグストゥス帝に命じられて帝国内の測量を行いました。

当時使われていた測量法は、グローマ測量法と呼ばれるものです。
(上のリンクで、測量の動画を見ることができます)

直線と直角を用いて行う測量で、動画を見ていただくとわかりますが、とにかく時間がかかります。

実際、アグリッパは帝国内の街道の測量を完了するのに、なんと20年もの歳月がかかりました。

アグリッパ将軍とその部下たちが汗と涙を流しながら集めた街道の距離情報を用いて作ったのが、ポイティンガー図なのです。

個人的には、20年間、文句ひとつ言わず(たぶん)測量という軍人の本業ではない仕事に真面目に取り組み続けたアグリッパ将軍は、ローマ軍人の鑑としてもっと讃えてあげてもいいと思います…(知名度が意外に低い…)。

実際、アグリッパ将軍はアウグストゥスの右腕とも言われた人物で、

「公的にも私的にもアウグストゥスに尽くし捧げぬくことは『すべてが喜びであり』『すべてが感謝』であった」

という言葉を残しています。
いや、こんな事なかなか言えませんよね。すごいなぁ…。


では、この地図が道路地図だという認識を持った上で改めて考えてみます。

・ローマを基点とする街道網が描かれている

・街道沿いの都市・宿場・目印が簡潔なイラストで描かれている

・山脈や森林など自然の様子もイラストで描かれている

・都市間の距離が正確に記されている

…道路地図の条件をきちんと満たしています。

もうひとつ面白いのは、地図の形です。

縦30㎝、横7mという大きさは、巻物にして持ち運ぶことを考慮したスタイルです。ここも実用的に作ってあります。

その代わり、土地の形状や方位は非常に大雑把です。
ローマ街道は整備がしっかりしていましたし、道標(マイルストーン)もありましたので、地図を見ながら歩けばまず迷うことはありませんでした。そのため、正確な位置情報や方位情報は必要ないのです。

※マイルストーン=日本の一里塚のように、街道に一定距離ごとに置かれた目印

つまり、実際の地形より道路の接続関係の見やすさを優先した、目的地に到達する目的に特化された地図(=道路地図)と言えるのです。


最後に、ギリシャ人とローマ人の地図に対する感覚の違いをよく表した言葉をご紹介します。

「ギリシャ人は星で地を測り、ローマ人は道標で地を測る」


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