弓永常夏

短編小説を書くのが好きです。基本敵に1万字か5千字前後で縛っています。 「ゆみなが とこなつ」と読みます。よろしくお願いします。

もんどりうって世界が(9995文字)

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恋心とか異性への興味とか、そういう出口が必ずあるものだ、と思っている人が多すぎた。
あの子が休み時間に席を立つのも誰かと話をするのも何か理由があるはずで、その理由の大部分は恋心や異性への興味に帰結するはずだからと、私の一挙手一投足から恋心や異性への興味の気配を探ることに余念がなかった連中がいた。
恋心も異性への興味もあったけれど、あなたたちじゃないのと、当時の私は声に出さず、それこそいち

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距離とゴミのあるべき(10069文字)

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mから始まる覚えられんほど長い名前がついた小さな惑星のテラフォーミングが万全になりつつある今、人間の格差は物理的な距離に表れるようになった。
際立って金持ちのヤツ、際立って美しいヤツ、際立っておもしろいヤツ、際立って賢いヤツが順々に見出され、地球から9900万キロほど離れたm星付近を周回する国際宇宙ステーションに移送され、さらにそこから順次m星に着陸し、刺激と安心と優越感を抱きながら第二の

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冒頭文(10010文字)

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妹は私によく似ているから、いつか小説を書くことに興味を持つだろうと思っていました。もしかしたら妹は私と同じように家族にひた隠しにしてずっと小説を書き続けている可能性もあると思っていたくらいです。
だから実家で暮らしていた当時は妹が出かけている隙に部屋に入り込んで、何度妹のPCの中を覗こうとしたか分かりません。私は小説を書く上で必須と思われる好奇心を盾にして、妹のPCを覗く義務もしくは使命が

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ヤンソン(10031文字)

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やっちゃんは幼い頃からずっとやっちゃんなのだが時たまふざけてやっさんと呼ばれることがあった。そこへ普段からムーミンのキャラクター、とりわけスナフキンをSNSなどのアイコンなどに用いる傾向があることに気づいて山崎が何気なくヤンソンと呼ぶと、その日から二段階進化と言って良い勢いでヤンソンの呼び方が定着した。
ヤンソンってなに? と誰かが聞いたとする。
当時も誰かが聞いた。
ムーミンの原作者が

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埃まみれのオレンジ(10029字)

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28になってまだ男性経験がない私も身の危険を感じたことがある。
15歳になったばかりの真夏の夕暮れに危険なあそこを抜け出して、ボロボロに錆びた鉄の階段を駆け下りた。
部屋の中から追ってくるような声も物音もせず、階段を踏む音が強く鳴り響いていた。
鋭い西日が私の背中に差して、濃い影が足下に降りていて、そのせいで階段を踏み外しそうになった。赤さとは裏腹に、西日は冷ややかな視線で私の小さな町を

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冗談がへたくそ(9999字)

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駅の扉にさわるのが嫌だった。
田舎の古い駅だ。分厚い本のような取手の赤色は赤というより小豆色で、赤になりたがっているのは分かるがなりたがっているだけ、という感じがした。上部が掠れてくすんだ金属が見えている。そこに手をかけるのが嫌だ。今まで何万回と触られた扉に手を沿えるのが嫌だ。
そういうことを言ってしまってから後悔した。
小堺真紀と学校帰りの坂道で出くわしてそのまま一緒に駅に向かった手前

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