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『ののはな通信』(三浦しをん)感想―少女時代に支えられ、私たちは女性になる―

あらすじ


物語の主人公はミッション系のお嬢様学校に通うののはなという2人の少女。

同じ高校に通っているといっても、ののの家庭は決して裕福とはいえない。
母からは将来お金に困らない暮らしができるよう期待されているが、仲のいい家族ではない。
そんな家庭環境もあってか、ののはどこか冷めていてクールな性格をしている。

一方、外交官の家に生まれ、不在がちな親への寂しさはありながらも結束の固い家庭で育ったはなは、天真爛漫で純粋な性格。

親友同士の2人は、毎日学校で会っているのにも関わらず、2人だけでいろいろな話をするため手紙のやりとりをしている。

身近な人のうわさ話や秘密の共有で盛り上がる感じや、手紙独特のテンションは、私自身の過去の記憶と重なったのもあり、懐かしい気持ちと少し気恥ずかしい気持ちがどちらも湧いてきた。

ある時、自分の気持ちが恋心であることを打ち明けて、はなもそれを受け入れ両想いになる2人。
甘美な日々を過ごすが、とある裏切りが原因で2人の関係は崩れ始める… といったあらすじになっている。

作品の魅力

魅力① 往復書簡体小説であるということ

この作品の特徴は、往復書簡体小説ということだろう。

書簡体小説とは、登場人物の書簡を連ねることによって間接的にストーリーが展開していく小説の形式のことだ。

作中、時の流れとともに手紙からメールへと形式は変わるが、その時間と媒体の変化による文体や内容の変化も面白い。

また、書簡体小説は一人称の語り手によって綴られるため、書かれていることが必ずしも真実とは限らない。隠したいことは語らなくてもいいのだ。

この仕組みにより散りばめられた「嘘」や「秘密」に、私たち読者は翻弄される。

作者は、この書簡体小説という形式によって、「女性同士の恋愛」というともすれば純文学的なテーマを、読者を楽しませるエンタメ作品として昇華することに成功している。

魅力② 女性同士の分断がリアルに描かれていること

既婚か、未婚か。子供はいるか、いないか。フルタイムで働いているか、パートか、専業主婦か。

学生時代「共感」によってつながっていた女の友情は、時とともにお互いの住む世界が変わることでゆるやかに分断されていく。

自分の生活に精いっぱいということもあり、立場の違うかつての友人について考える心の余裕や想像力がだんだんなくなっていく。

こういった経験は、女性なら身に覚えがある方が多いだろう。もちろん、私もその一人だ。

「女性同士の分断」をリアルに描いた『ののはな通信』。
はなの手紙に、こんな文章がある。

女のひとってむずかしいなと、つくづく思う。働いても働かなくても、家庭を人生の中心にしてもしなくても、いろいろ注文をつけられるんだもの。実際になにも言われなかったとしても、そう思われてるのかなって、なんとなくびくびくしてしまう。その結果、細かい立場のちがいによって、女同士であってもなかなか通じ合えなくなる。ばかみたいに細かいことで、どんどん分断されていく。(略)
どうしたら私たちは、細かい差異にとらわれず、手を取りあうことができるんだろうね。

『ののはな通信』文庫版 p.400

この小説の素晴らしさは、ただ女性の分断を描くのではなく、「どうしたら手を取り合うことができるか」登場人物が思考しているところだと思う。

分かり合うことはできなくても、想像力を使い、理解しようとすることを諦めない。思考を止めない。

このはなの考えは、女性同士の問題に限らず、世界のあらゆる分断にも共通している、大切な姿勢だ。

魅力③ 恋愛によって人が成長するさまが描かれていること

私はこの本を読みながら、「女性同士の分断を描くなら、恋愛関係ではなくこの2人は友達でよかったのでは?」と思った。
でも、読み終えた後思ったのは「この2人は恋愛でなければだめだった」ということだ。

私の学生時代を振り返っても、10代女子同士の関係って独特だと思う。
特にいわゆる「親友」同士だと、お互いの様々なことを共有して、さらけ出して、共感しあって…すごく深いつながりができる。

でも、若い女性が「恋人」に求める深いつながりや受ける影響の大きさは、やはり「親友」のそれよりもっともっと深くて大きいように思う。
恋人とは1対1で築くある種独特な、2人の世界だけの関係になるため、相手と自分の境界線があいまいになり強い感情(独占欲や嫉妬心)を抱くことが多い。
その分深くわかりあえたり、良くも悪くも恋人の影響を受けることもある。

『ののはな通信』の2人も、性格や価値観は正反対だが、かつて恋愛で結ばれたことでお互いが心の中で特別な存在となっている。
後半、だんだんスケールの大きい物語となり、お互いに影響を与え合った2人の女性が成長していく姿に感動をおぼえた。

感想(少しネタばれあり)


私がこの本を手に取ったのは、『ののはな通信』というタイトルや表紙のかわいらしい雰囲気に惹かれたからだ。

この作品のあらすじだけを読むと、「女子高生同士の恋愛小説」という印象を持つと思う。しかし、実はこの小説、2人が別れてからがとっても長い。

作品の魅力に書いたように、エンタメ作品としての面白さはもちろん、「分断」をどう乗り越えるかという非常に普遍的なテーマを提示した骨太な恋愛小説となっている。

また、この作品は少女から女性へと成長し、自立していく過程を丁寧に描いている。

年を重ねた後のののとはな。その思考や行動の土台となる性質は高校時代から変わっていない。

人は恋愛によって突然成長するわけではなく、恋愛も含めた人との出会いや多くの経験によってもともとの素質をいかし、自分の可能性を信じられるようになり成長していくのだ。

小説を読み終えたいまこの表紙を見返すと、懐かしいような切ないような気持になる。

大人になっていくということは、少女時代の無邪気さや純粋さから離れて行ってしまうことを意味する。
でも、大人になった女性を支えているのは、少女のころの記憶であり、あの頃の「私」であり、友と交わした「ののはな通信」なのだと思う。

🌸『ののはな通信』を読んだ方へのおすすめ🌸

書簡体小説ならではの面白さや切なさが味わえる→『初恋と不倫』坂元裕二
語り手による嘘に翻弄される→『本格小説』水村美苗
女性同士のリアルな関係が描かれる→『対岸の彼女』角田光代
女性同士の分断を扱っている→『ミセスアメリカ』(海外ドラマ)
分断について考えさせられる→『進撃の巨人』諌山創(漫画・アニメ)



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