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ブレタノマイセスの繁殖理由と管理


前回はブレタノマイセスそのものについて(What)と、その代謝(How)についてみてきました。


今回はなぜブレットが繁殖できるのか、どうやって防ぐのか、また他の微生物との兼ね合いはどうなのかというところに焦点を当てていきます。


まずそもそも一般的な微生物にはかなり厳しい環境であるワインの中でなぜブレタノマイセスが繁殖できるのかということについて。

ブレタノマイセスの繁殖とSO₂耐性

第一に彼らにアルコール耐性があるということは前述したとおりだ。
そのうえで特にポイントとなるのは多様な代謝経路と、生存に要する糖の最低量の少なさである。そのうえで以下のグラフを見てみる。

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このグラフはワインの残糖量に対するEPの産生量を表しており、残糖が200mgつまり0.2g以上あれば彼らは十二分に繁殖し、EPを生産しうるということがわかる。
そしてこの糖量はトレハロースなどいわゆるfermentable sugarではないものでもいいということなのでなおさら厄介だ。

そしてこのレベルの残糖はワインだけでなく、洗浄後のポンプや樽などいたるところで満たされ得るものである。

ちなみにドライワインの一般的な残糖分は<2g/Lである。
いかにこの量が簡単に残るかというのがわかっていただけるだろうか。


また彼らの生存に寄与している特徴としてSO2耐性が比較的高いことも挙げられる。

というのも彼らは生存に厳しい環境になればVBNC(viable but non-culturable state)という増殖はしないがEPなどは生産するという形態になり延命を計るからである。


では彼らをどうやって発見し、また防ぐのかということについてみていく。


ブレタノマイセスの検知

まず発見に関しては

・顕微鏡を使う
・蛍光顕微鏡を使う
・EP自体を測定する
・培地でBrettを培養する
・PCR(特定の遺伝子を増幅させて有無を確かめる)にかける

という方法がある。

顕微鏡やEPの測定、培養は比較的ワイナリーレベルでもできるかもしれないが、培地はそれ相応の知識と時間を要するのであまりおすすめはできない。

また顕微鏡などは一度形を覚えてしまえば、簡単に用いることのできる方法だ。

ただし生死がはっきりしないので、SO2の添加後にはあまり使えない。

EPの測定もEP産生後にしか行えないというデメリットがあり、EP産生の初期に行わないと手遅れになることに注意しなければならない。

そして一番簡易ではあるが、経験を要する方法は自分でEPがあるかどうかを直接嗅いで確かめることだ。

しかしこれも手遅れになる可能性が十二分にあるので、気をつけなければならない。

軽くどのように検知するかというのを紹介したが、基本的にはそういうことをする暇がないというワイナリーがほとんどだと思う。


とはいっても実際のところ基本的な部分を管理できているワイナリーではBrettが毎年のように問題になるということはない。

普段飲んでいるワインを考えて頂ければわかると思うが、そんなにBrettに侵されたワインというのが多いというわけではないのだ。

そこで次にどうやってリスクを最小限に抑えるか、その基本的な部分の管理をするかを考える。


ブレタノマイセスの予防

ファクターをリストアップすると、

・発酵力の強い乾燥酵母を使い、発酵速度を高めるための温度管理と通気を怠らない。
・Brettの増殖を抑える乾燥酵母(Non-Saccharomyces)がある。(まだ実用化はされてないように思う。)
低pHを保つ。(特にMLF後はpHが上がりSO2が少ない状態なので特に気をつける)
SO2を随時添加する。(0.4-0.6mg/LのMolecular SO2、またはpH3.5で30mg/LのFree SO2)
熟成時に20℃以上になるとリスクが上がる。
樽の洗浄と熟成中のTopping(蒸発したワイン分を注ぎ足すこと)も怠らない。また熟成中のSO2の濃度にも常に気を配っておく必要があり、適宜減少するので添加しなければならない。
フィルターをしっかりとかける。(昨今のナチュラルを売り文句にしたワインではBrettに侵されているものが散見される。)

といったあたりが挙げられる。

SO2というトピックは1つの稿として別でまとめてあるが、ここで補足しないとSO2に関することが理解できないと思うので、基本だけまとめておく。

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上の2つのグラフを見れば大方のことは説明できる。

添加されたSO2はpH依存で形態を変え、ワインのpH帯(pH 3-4)ではかなり少量であるSO2(molecular SO2)が一番重要な役割を果たしており、今回のBrettを抑制するのにもこの形態のSO2が一番寄与している。

そのため0.4mg/Lという少ない量で機能するのである。

SO2に関する説明はこれぐらいにして、他の手法としてはDMDCという添加物が挙げられる。

これも添加物の一種で、10%アルコール環境下で25mg/LでBrettを抑制し、さらにSaccharomycesも抑制する。

詳しくはこちらを参照していただければと思う。

ここまでは如何に防ぐかという視点で、次は減らすという観点で見る。


こちらの視点からは

逆浸透膜を使う。(これは日本では聞いたことがない。)

酵母の細胞に吸着させる。(これはタンニンやアントシアニンなども吸着することに注意)

低濃度のワインと混ぜて閾値を下回るようにする。

といったことが挙げられる。

以上のファクターが全体として挙げられるが、抑制のベースとなるのはあくまでもSO₂の添加であることを忘れてはいけない。

そのうえで仮にSO₂を減らすのであれば、フィルターをどうかけるか、樽で酸化させるとリスクが高いのでタンクを使うといったことを考えていくのが基本的な流れになる。

2回にわたってBrettanomycesについてみてきました。

防除の部分に関しては掘り下げ切れていないところもあるので、質問していただけたらもう一度深堀しようと思います。


ブレタノマイセスに関する豆知識

また感覚としては持っていられる方もいらっしゃるかもしれないですが、面白い研究として、低濃度のEPにはPreferenceテストで高得点がつく場合も多く、一概にオフフレーバーと言えないのが現状です。

ただ造り手としてはこれを管理して初めてスタイルとして確立できるものです。
つまり管理できていないような自然派ワインはスタイル、個性と認めてはいけないと思います。

またここからは現場の話とはかなりかけ離れているので余談になりますが、
非Saccharomyces種の酵母でBrettのEP産生を抑制もできますが(上図)、Brett単体の時よりもEPの産量が上がるという組み合わせ(下図)もあります。

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またEPを生産する乳酸菌株があることは前稿でも触れましたが、それも抑えておくといいかもしれません。

現状こういった研究が進んでおり、トレンドとしてSaccharomyces種と他の種を両方乾燥酵母として使うという流れがあるので、もしかしたらこう言った研究が現場に降りてくる日があるかもしれません。

最後になりますが、逆浸透膜は酢酸の量を減らすことなどにも使われており、個人的に興味深いテクノロジーなので、もし読者の方で日本で導入しているところを知っていたら教えてください。

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