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【ショートショート】殺し屋だもん (2,064文字)

 殺し屋に襲われた。人通りの少ない路地を歩いていたときのことだった。いきなり銃を突きつけられ、

「殺し屋だ。お前を殺す」
 
 と、脅された。

 その銃は見るからにオモチャだった。おまけに目の前に立っていたのは小学生ぐらいの女の子。ふざけているとすぐにわかった。

「ええと。お嬢ちゃん、殺し屋ごっこをしているのかな」

「違うよ。遊びじゃないもん」

「だったら、いいことを教えてあげよう。殺し屋はあまりターゲットに殺すとは言わないんだよ」

「あ。そっか。間違えちゃった」

 そして、女の子はひき金を引いた。BB弾が飛び出した。胸のあたりに二、三発当たった。一応、痛かったけれど、もちろん致命傷にはならなかった。

「お嬢ちゃん、ごめんね。おじさんは忙しいんだ。先を急ぐよ」

「ダメ。殺すように頼まれているんだもん」

「うーん。ただ、おじさんは殺されるわけにはいかないんだよ」

「ダーメー」

 まさか泣き出してしまうとは。困ってしまった。

 仕方なく、ポケットに入っていたアメをあげた。女の子は涙を流しつつも、ちゃっかり受け取り、一生懸命舐め始めた。

 それから、近くの公園に移動した。ベンチに座ると、

「もうひとつ、ちょうだい」

 と、言われたので、またアメをあげた。女の子は真っ赤に腫れ上がった瞳でそれを受け取った。

「お嬢ちゃん、頼まれたって、いったい誰に」

「お兄ちゃん」

「じゃあ、君のお兄ちゃんはおじさんのことを恨んでいるのかな」

「違うよ」

「だったら、どうしておじさんを殺そうとするんだよ」

「お兄ちゃんも頼まれたんだよ」

「いったい誰に」

「隣の家のヨシオくん。高校生」

「じゃあ、ヨシオくんがおじさんを恨んでいるんだね」

「違うよ。ヨシオくんも頼まれたの。大学の先輩に」

 だんだん話が複雑になってきた。頭が疲れてきたので、僕もアメを口の中へと放り込んだ。

「大学の先輩がどうしておじさんを殺したいのかな」

「その人も頼まれたんだってさ。今度、就職する会社の人から。おじさんを殺すことが条件で採用されたって、お兄ちゃん言ってた」

 会社と聞き、ちょっとだけ嫌な予感がした。

「その会社の名前はわかるかな」

「うーん。たしか、なんとか製薬」

「もしかして、ユメカナウ製薬」

「そう。ユメカナウ製薬」

 ゾッとした。それはうちのライバル企業だった。

 長らく、両社は新薬を巡って熾烈な争いを繰り広げていた。自分で言うのもなんだけど、優秀な研究者である僕が死んだら我が社に勝ち目はないだろう。ユメカナウ製薬なら、なるほど、僕を殺す理由があった。

「お嬢ちゃん。その大学の先輩って人に会いたいんだけど、どうすればいいかな」

「無理だよ。日本にいないもの」

「え。どうして」

「おじさんを殺す代わりに、お金をいっぱいもらったんだって。それで外国に行っちゃった」

「くそ。逃げやがったか」

「でもね、おじさんを殺さないと約束守れないでしょ。それでヨシオくんにお願いしたんだって」

「じゃあ、ヨシオくんに会わせてもらっていいかな」

「無理だよ。日本にいないもの」

「ヨシオくんも海外に行ったのか」

「うん。先輩から依頼料をいっぱいもらったんだって」

「おいおい。待ってくれよ」

 そのとき、うっかり口元がゆるみ、アメがぽろりと地面に落ちてしまった。女の子はそれを見て、かわいそうと思ったのだろう。自分のポケットからアメを取り出し、こちらにひとつ差し出してきた。

「あげる」

「あ、ありがとう」

 なんだ、この子は自分のアメを持っていたのか。そう思いつつ、幼い少女の好意を無碍にするのは申し訳ない。しっかり受け取り、疲れた脳みそに糖分を送り込んだ。

「そしたら、とりあえず、お兄ちゃんに会わせてもらえるかな」

「無理だよ」

「おいおい、嘘だろ」

「日本にいないもの」

 めまいがしてきた。なにもかもがめちゃくちゃだった。

 ユメカナウ製薬の名前を聞いて、信憑性があると思った僕がバカだった。だいたい、こんな小さな子どもが殺し屋を名乗っているのだ。すべて、イタズラに決まっている。

 急に身体がダルくなった。頭は痛み、すっかり途方に暮れてしまった。

「お嬢ちゃん、とても面白かったよ。ただ、君は殺し屋より、犯罪小説を書く方が向いているみたいだ」

「なにそれ。わたし、殺し屋だもん」

 ハッハッハッ。

 僕は乾いた笑いを発した。女の子の言葉が愉快だったから。

……。

……。

……いや、違う。

 酔っ払ったみたいに意識がフワフワしているからだ。

 ようやく、身体や頭の不調は疲労のせいではないと認識された。明らかに全身の神経がおかしくなり始めていた。

 薬の研究をする者として、原因はすぐにわかった。毒だった。それもかなりの猛毒。僕は致死量を摂取してしまったに違いない。

 でも、どうして? なにも食べていないし、なにも飲んでいないというのに?

 わけがわからず混乱した。ただ、最後の最後。遠のいていく意識の中で、口の中を丸い物体が転がった……。


「あ、もしもし。お兄ちゃん。ちゃんとターゲットを殺したよ。すぐに成功報酬を振り込んでよね。わたし、ほしいゲームがあるの。よろしくね」

(了)




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