天理教青年会中野分会

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最近の記事

「礎」立教183年11月号 巻頭言

十月、本部ひのきしん隊からの要望で、中野分会は近畿圏の会員に呼びかけ特別ひのきしん隊を組ませていただきました。初日は空高い秋空のもと稲刈りひのきしん。今年は害虫ウンカの影響で枯れている稲穂が多く、いたるところに灰色のサークルができていました。 「お供えのお米が減るかもしれないな〜」と話していたとき、ふと思ったことは、それでも収穫できるお米があることの感謝と、ダメになったお米も通常のお米も、日光や水の働きがあってこそ収穫できるという気づきでした。 我が家では十全の守護を毎日

    • 「礎」立教183年12月号 巻頭言

      二十五度を示す温度計を見てビックリ! 先月十一月十九日は全国百四十九地点で十一月としては観測史上最も気温が高い二十五度以上の夏日となりました。 そのことを友人に「十九日は暑かったな〜」と話すと「あれ?そんなに暑かったの?」と、感じていないご様子、私たちの感覚はだいぶ衰えているのではないかと思いました。 実際、三十五度を示す温度計を見れば「熱いな!」と思いますし、マイナス四度という表示をみれば、余計に寒く感じるものです。私たちは数字に表される客観性をみて現実を確かめています。

      • 「礎」立教184年1月号巻頭言

        あけましておめでとうございます。本年も中野分会をよろしくお願いします。 先日、WEB会議の直前に夕飯を食べていると、風呂場から「うわぁーー!!」と次男の叫び声が聞こえてきました。慌てて駆けつけると、シャワーを引っ張りすぎてつけ根が外れ、お湯が勢いよく吹き出していました。入浴がまだの家族もいるので修理をしていると、長男が心配そうな顔をして「お父さん!修理してるのぉ?」と尋ねてきました。作業に焦っていた私は「見たら分かるやろ!」と語気を強めて答えました。修理を終え、WEB会議を

        • 「礎」立教184年2月号 巻頭言

          健康は良くて病気は悪い、生きていることは良くて死ぬことは悪い、このように二者択一にあてはめて、どんなことにも白黒をつけたがる傾向が、世界に拡がっているように感じます。 これと同じように、私は子供をついつい「良し悪し」でジャッジしては反省する日々です。 本来、病気がなければ健康もありませんし、死ぬことがなければ生きることもないのです。 「よしあしの 中を流れて 清水かな」という句があります。この「よしあし」は「葦(よし)と葦(あし)」と「良し悪し」をかけています。人は、良いこ

        「礎」立教183年11月号 巻頭言

          R182 礎7月号

          委員長巻頭言 例会席上、青年会長様は「ママ会」や「お泊まり会」についてお話しくださいました。会長様自身、初めて開催されたとのことで「やって良かった」と夫婦で喜びをわかちあうことができたと仰せられていました。その日の夜、夫婦で反省会をしたそうですが、ここ最近の中で一番二人の仲が良いと感じられたとのことでした。 「ママ会」と「お泊まり会」を通して、会長様は夫婦で同じ方向を向いて、何かを作り上げていくことの大切さを強く感じられたそうです。これまで「これをしたら妻は喜んでくれるん

          R182 礎6月号

          委員長挨拶本部例会にて青年会長様は「私が夢を持てるようになれたのは今の青年会のおかげであります」と力強く語られました。そして会活動のなかで「自らの夢に向かっている人が、自らが学んだことを惜しみなく話してくださることで、やりたいことが見え」さらに「自主的に動き、毎日楽しんで本気でおたすけに動いている人が増えれば、結果として若年層の育成につながっていく」と語られました。 「夢」とは、将来実現させたい願望のことです。夢を持つことは素晴らしいことです。夢が人を惹きつける魅力にもなるで

          R182 礎5月号

          委員長挨拶毎月、本部青年会例会席上にて青年会長様は挨拶をしてくださっています。 いつも身近なおはなしを交えて分かり易くお話をしてくださいますが、今月も同級生のつながりから取り組まれている活動のお話をしてくださいました。 友人をこどもおぢばがえりにお誘いしたつながりから、四季折々に様々な活動をして丹精されているそうです。今月はママさんと子供たち15名と共に、和気あいあいと筍堀りを楽しんだそうです。 その筍山へ向かう道中、参加者の男の子が「パパ」「パパ」と会長様の手を握って呼んだ

          『礎2月号委員長挨拶』

          夕つとめへ向かおうとすると、行きたくないそぶりを息子がみせる。どうしたのかと尋ねるが、行きたくない理由は話さなかった。遊びたい盛りの幼いとき、おつとめよりも遊ぶことを優先してしまう気持ちは分からなくはない。 その時、あらためて「おつとめ」をなぜつとめるのかを考えてみた。 朝つとめは日の出の時間、今日という日を迎えられたことにお礼申し上げる。そして、今日という日をご守護いただけるようにお願いする。 夕つとめは日の入りの時間、今日も一日、息から知恵まで少しもやすむことなくお守

          『礎2月号委員長挨拶』