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裸の言葉

この世界は広いようで、もしかしたら狭いのかもしれない。今日もどこかで誰かに小さなストーリーが起きている。

土間新也31歳。

職業AV男優。男優歴6年目になる。彼女は作らないの

が僕の定義だ。季節はすっかり春を迎えて、着てい

るGジャンが熱く感じるくらいだ。この日

俺は朝の現場一本撮り終えて、午後は完全オフだっ

た。AVの朝の現場は早い。7時に新宿なんてことはザ

ラだ。この日は8時に渋谷のスタジオ入りだった。

朝はコンビニで買えるゼリープロテインが必須だ。

男優あるあるだろう。

そして現場を終えた。

僕は渋谷をうろつき、さっき下北沢に着いた。

なんだか下北に行きたくなったのだ。

改札を抜けると前に喫煙エリアがある。さっきから

タバコが吸いたくて仕方ない。リュックから

LUCKY STRIKEを取り出し、火を点ける。

ニコチンが肺に入っていく感じが堪らない。

少しヤニクラ起こしたみたいだ、頭がぼーっとする。

しばらく古着屋を回ってみたが、春夏物はTシャツ

か、ネルシャツくらいで事足りる。だから買わなか

った。フェンスで囲まれた駅前広場のベンチに座

る。少し遠くのベンチに女の子ひとりが座ってい

た。職業柄かナンバお手の物、近くに行ってみた。

髪型はボブ、グレーのアッシュ色で、下唇にピアス

をしている、バンギャっぽい女の子だ。

話してみると優しくおっとりした口調で好感持て

た。26歳で現在求職中とのこと。その容姿からは想

像つかないOL職希望とのこと。僕たちは居酒屋が開く

までの時間、タバコが吸えるオープンテラスのカ

フェに入ることにした。

僕はまず自己紹介をした。男優やってることも伝え

た。すると彼女は興味を持ってくれて、僕が出てる

作品名をググって、ミュートにして観始めた。

これはかなり恥ずかしい。少しして彼女が『本当だ

~』と笑うのであった。小一時間はいただろうか、

もう6時になっていた。僕たちは居酒屋へ向かった。

僕はビールしか飲めない。次でジョッキ8杯目。

かなり酔いが回ってきた。「そー言えば求職中って言

ってたケド、どうやって暮らしているの?」

僕の素直なクエスチョンだった。すると、一呼吸置

いた彼女が語り始めた。『たまのAV女優なんです』

え!?同業者?彼女は続ける、

『最近始めたばかりで…』

でも新也さん楽しそうに仕事してるじゃないですか?

羨ましい限りです。

私なんて単体女優になれない企画モノだし、

しかもスカトロもんですよ!

こんな私のこと知ったら、誰も…好きになってはくれま

せんよ…。

酔いに任せて言ってみた。僕らは『早送りされる人

生』でも女優さんはみんなが観てくれる。

君を観て今日を頑張ってる人がいるかも知れないじ

ゃない?そう思ったら少なくとも堂々としなきゃ。


この日の出来事は、うっすらとしか覚えていない。

たかがビールでもかなり酔っぱらったのだ。

ただ僕のデニムジャケットから、彼女の香水がほの

かに匂っていた。

今日も僕は朝から全裸です。

彼女は元気だろうか。

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