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『瓜二つ』 : 夏ピリカ応募作品


父さんに殺される…


僕は恐ろしさに震えながら洗面所に逃げ込むと慌てて鍵を閉めた。
両膝がガクガクと大きく震え口元から絶え間なくカタカタと音が漏れる。
「大地?」
その声に僕は助けを求める。
『痛い…痛いよぉ…。僕…今度こそ殺される』
顔をあげると そこには風斗が僕を見つめていた。
「また…殴られた…の?」
腫れあがった頬に優しく手を当てる。
「大丈夫…僕が身代わりになるから」
『風斗はこの間も僕の代わりにボロボロになったじゃないかぁ!!』
優しく僕を見つめながらにっこり笑う。
「じゃあ大地はなんで僕の所に来たんだよ」
『そ…それは…。いっ、一緒にここから逃げようよ!!』
風斗はゆっくりと目を瞑りながら首を振った。
逃げられないんだよ…そう、僕も風斗も分かっていた。
まだ幼い僕らには逃げる場所なんてどこにもない。
母親もいない…親戚もいない身で
何処に助けを求めればいいのだろう。


ドン!!ドンドンドンドン!!

ドアが激しく揺れ、けたたましい叫び声が向こうから響く。
『こらぁー!!大地!!!出てこい、このクズがぁ!!!』

「また…お酒飲んでるんだね…」
小刻みに震える肩の間でコクリと頭を振る。
「僕が行くから…大地はここでじっとしてて」
噛み締める唇から鉄の味が滲んでくる。
ゆっくりと首を横に振ると 風斗は僕の目を覗き込んで笑った。
「大丈夫だよ。僕らが入れ替わったなんて気づかれるはずがない」
にっこり笑った風斗の右頬には、ぽつんと小さなほくろがあった。
そのほくろにゆっくりと指を這わす。
「これだけが…僕達を見分ける小さな違い。今の父さんに分かりはしないよ。瓜二つの僕達を見分けるなんてできやしないさ。」


僕は怖くて怖くて、
殴られた頬が痛くてしょうがなくて…
風斗の笑顔に寄りかかってしまった。

シャワーカーテンの後ろに隠れうずくまっていると
ドカッと蹴られる戸の音…蹴られる度にビクリと体が強張り
戸がバッターンと洗面所の壁を激しく打ち付けると、僕の身体は凍り付いた。

『ったく、こざかしい奴だおめぇーはよぉ!!』
ドカッと音がするとドサッと風斗の身体が床を打つ音が部屋中に響く。
『なんかいえねぇーのかって…いってるんだ、よっ!!』
グフッと血が混じる風斗の息が僕の鼓膜に突き刺さり、
僕は両手で耳を塞いだ…。
ガタガタと震えながら
『ごめん風斗…ご…ごめん…ご…め。。。』
歯が崩れてしまう程に固く噛み締めた。
ズルズルと風斗の身体が地面を引きずられる音を最後に
僕は気を失った。


次の日…僕は生きていた。
体中に痛みが走る。
床にできた血溜まりがベシャリと床にへばり付いていた。
『風斗…』
僕は慌てて洗面所へ向かう。
床を這いながらやっと辿り着き、鏡の中を覗き込んだ。

顔がぐちゃぐちゃの風斗がそこに居た。


『ごめん…』

涙がみる。


「大地…僕達まだ生きてるね」

風斗に手を伸ばすと 風斗もまた僕の手にその手を重ねた。


「大丈夫…僕が守るから」


僕の左頬のほくろにツーと涙が流れて行った。


(1200文字)
*振り仮名は字数に含んでおりません。
(駄目だったら教えてください)

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夏ピリカに参加させていただきます。

いつもの愛溢れる物語を待っていてくださった皆様…今回 ちょっと重くてごめんなさい。

解離性同一症…別名:多重人格症。様々な理由があって様々な形で生まれる人格たち。
身体的・性的・情緒的虐待を受ける子供達に多くみられる人格確立。
私達の見えないところで、逃げ場のない子供達が沢山いる。
自己防衛のために生み出された人格は、子供達が最後に掴める藁なんだと思います。鏡をもって人格を確立するケースがあるかは分かりません…が痛みを自分からこうして切り離す子供達は数多くいるんです。
大人だから備わった力が間違って使われる事がこの世からいつの日か無くなる様に…。
『鏡』に映る子供の姿がいつの日も いつまでも
笑顔溢れるものであります様に…。


七田 苗子

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