ネットフリックスの値上げから考えるサブスクリプションモデルの適切なKPI設定

Netflix、アメリカで10月から値上げになって、近々日本でも値上げになる可能性が高いらしいですね。


Netflixが日本で提供を開始したのは2015年。この年は、Apple Music やAmazonプライムビデオ、AWA や LINE MUSIC が提供を開始し、サブスク元年と呼ばれました。

「所有」から「利用」へ、「商品」から「サービス」へ、「販売」から「月額課金」へ。このビジネスモデルは “サブスクリプション”( “サブスク” )と呼ばれ、最近では、ファッションのレンタルサービス、“メチャカリ” が欅坂46をCMに起用して(※2)大々的に展開しています。そのキャッチコピーは・・・


しかし、Twitterではこんな反応も多いです。


サブスクリプションという言葉が、どこまで市民権を得ているかわかりませんが、アメリカでは、カミソリの「Dollar Shave Club」や歯ブラシの「Good Mouth」など、従来の様々な商品がサブスクリプションに移行しつつあり、食品、消費財、医療など、これから日本でもこの流れは加速していくことは間違いないのではないかと思っています。

私にとっても馴染み深いビジネスで、BtoBのクラウドサービスというサブスクリプションの会社で仕事をしています。

しかし、各所で研究が進み、体系化されつつある中で、自社の取り組みはまだまだだなーと思うところがありまして、自戒の念を込めてこの記事を書くことにしました。


目的は以下の通りです。


●サブスクリプションの特徴を整理する

●サブスクリプションの成功要因と3つの重要指標を図解して理解を深める

●3つの重要指標を、財務指標にあてはめて、実践で目標管理をできるようになる


主に実務者向けの(同僚に捧げる)内容ですが、世の中がどんどんサブスクリプション化が進む中で、自社の製品もしたい(できるかも)という人にも何かの参考になれたらうれしいです。



サブスクリプションの特徴

もとは “予約購読” という意味があるようですが、その最大の特徴は、企業と顧客との関係性が商品購入の一度きりでなく長期に及ぶことです。そのため、企業は顧客に価値を提供し続け、関係を構築し続けなくてはなりません

そして、そのためには、顧客はどのような人たちで、どのような好みをもち、企業はどのような価値を提供することができるのか理解する必要があります。

Netflixは細かくデータを取り、数万の顧客クラスターに分類し、数万のジャンルからレコメンデーションしているようです。少し古い記事ですが、こちら(※3)が参考になりました。



サブスクリプションの強み

サブスクリプション企業の成長率は、従来のソフトウェア企業の3倍を超え(※4)、サブスクリプション企業が生み出す収益は、従来の先行投資方法で得ている収益より6倍価値がある(※6)といわれています。それは、未来の収益の予想ができることから複合的な効果が生まれるためです。

salesforce.com(BtoBのクラウド型業務システムの世界最大手)は、会計年度の初日に、四半期売上の95%を、年間売上の80%を、予測することができるそうです。これは5年、10年と長い実績をもち十分に利益の積み上げをもつ企業であれば決して特別なことではないでしょう。

安定して経常収益を得られる基盤があると、目先の問題に捕らわれることなく、長期的視野に立ち、戦略を練られるようになります。



サブスクリプションのボトルネック(難しさ)

それは、利益が出るまでに時間がかかることに他なりません。
salesforce.com は、クラウドビジネスの創業者向けの e-Book(※6)をつくり無料で公開しています。この e-Book にわかりやすいグラフがありました。

このように、1件の契約を獲得するためには営業・マーケティングコストがかかり、それを回収するために、このグラフでは10か月かかっています。

これは見た目以上に大きく、例えば4月から始まる年度だとして、4月と5月に獲得した契約はかろうじて利益を生みますが、6月はトントン、それ以降の契約は全て初年度には赤字、実際どんなに優秀な企業でも投資を回収するのに2年~3年かかるようです。この “損して得取れ” の精神でいられるかが(資金繰りを含めて)ポイントです。

一方、これが競合による模倣を困難にしたり、新規参入障壁となるわけです。



サブスクリプションでの成功とは?

さきほどのグラフを単純化して以下の図にしました。赤が損失で、青が利益。サブスクリプションの成功は、いかに赤の面積を小さくし、いかに青の面積を大きくするか、これがすべてといっても過言ではありません。



赤の面積を小さくし、青を大きくする3つの指標(KPI)

では、どのようにして、それを実現するか。

Zuora(サブスクリプションに適した請求、回収、売上計上などを行うツールを提供し、グローバルで800社の企業をサブスクリプションに移行させた企業)の e-Book(※5)が非常に参考になりました。

最終目標(KGI)を利益や顧客生涯価値(LTV)の最大化とした場合、重要な指標(KPI)はわずか3つ。「①解約率」、「②定期利益率」、「③成長効率性指標」です。これをそれぞれ、図解していきましょう。


①解約率(RR: Retention Rate)

解約率が低下することは、以下のように右側の伸びを指します。解約が減ればそれだけ長期に渡って利益が得られる。これは当たり前ですね。

図をみると非常にシンプルですが、継続 と 解約 を定量化して比較すると非常に示唆が得られます。詳しくは、財務指標と関連づけて後述します。


②定期利益率(RPM: Recurring Profit Margin)

次に、定期利益率。冒頭のNetflixの値上げはこれに当たります。
定期利益率が向上するということは、以下のように曲線の傾きが大きくなることを指します。

また、曲線の傾きと同時に、曲線の形にも注意が必要です。Netflixは、料金が定額のため、(3つの料金プランがあるとはいえ)曲線の傾きはほぼ一定で直線に近い形になるはずです。


一方、salesforce.comは顧客のライセンス数を増加させることによって曲線を描けられます。 BtoBでは、顧客1社1契約の中でもデータやリソースの従量課金があり、曲線になるのが一般的です。また、Amazonプライムは、プライム(月額325円)だけでなく、プライムユーザーが送料無料やお急ぎ便につられて購入を促されたり、プライムビデオに対応していない動画を購入したりすれば売上の増加が見込め、グラフは曲線になります。


他にも、フリーミアムを採用している Spotify はこうなります。一見すると青の面積は非常に小さく利益が出にくいのですが、サブスクリプションはフリーミアムと相性がよいといわれています。Netflix は1か月、Apple Music は3か月の無料期間を設けていますよね。それは、それだけ一度契約すれば長期契約つながる可能性が高く、最初の利益を度外視してでも、それ以降で利益を積み上げが計算できるからです。繰り返しになりますがこれがサブスクリプションの最大の強みです。


③成長効率性指標(GEI: Growth Efficiency Index)

最後の3つめが成長効率。営業・マーケティングコストを抑えることで、赤のマイナス幅が小さくなることを指します。曲線の傾きが平行でもマイナスが小さい分だけ、はやく利益が出ることがわかります。

図をみると非常にシンプルですが、成長戦略を描き、投資を意思決定する上で非常に重要な指標です。詳しくは、財務指標と関連づけて後述します。




これら3つの指標を財務指標に当てはめる

さて、ここまで図解した3つの指標をマネジメントや意思決定に活かすためには、定量的に管理できなければなりせん。サブスクリプション企業ではどのように管理しているのか以下をご覧ください。


新しいサブスクリプションの損益計算書(P/L)

従来のP/Lは、売上高から始まりますが、サブスクリプションでは年間定期収益(ARR:Annual Recurring Revenue)から始まります。※業態によっては月間定期収益(MRR:Monthly Recurring Revenue)を使う場合もあります。

従来のP/Lの売上高は、1年間が過ぎた過去のもので、すでに解約が引かれた後の数値です。しかし、ARRは、期の始め時点の1年先の見込の数値を指します。つまり、未来に目を向けるのです。

これはものすごく大切で、上記のP/Lは、ARRに始まりARRに終わります。つまり、年始に今年の見通し、年末が来ればすでに次の年の見通しが立っているわけです。

このARRがベースとなり、先ほどの3つの指標からどんな示唆が得られるか見てみましょう。


①解約率(RR: Retention Rate)

解約(Churn)は、サブスクリプション契約を更新しない顧客の額面です。通常、ダウンセル(プランのグレードダウンやライセンス数の減少)もここに入ります。どんなに優れたサービスでも解約はゼロにできませんが、ARRから差し引くことによって、顧客関係の健全性を見える化します。

上記のP/Lの例では以下の通りです。

解約率 = Churn / ARR = 10%

解約(Churn)のもう1つの興味深い点は、事業を成長させるためには今年度新たな収益をどれだけ生み出す必要があるかの最低額がわかることです。この例では、失われた収益を補うために、新たなビジネスで少なくとも10を計上する必要があることがわかります。

②定期利益率(RPM: Recurring Profit Margin)

従来の財務指標では、売上に連動するものを変動費(原価など)、連動しないものを固定費(管理費(オフィスの賃貸料や間接部門の人件費など))として区別することを重要視します。しかし、サブスクリプションは、売上が1回でないため、売上との連動には注意が必要です。そして、なにより顧客の維持を重要視します。

Netflixは、オリジナル映画の制作費に多大な投資をしていますし、salesforce.comは、年に3度もバージョンアップを行い、多大な研究開発費を投じています。

これらは、投資は顧客の獲得に連動するのでなく、顧客の維持のためにかかるコストと考えられ、初期投資として(図解した赤の部分)該当するものではなく、曲線の傾きに該当します。顧客を維持するためのコストなのですから、ARRに対しての割合によって算出します。

定期利益率 = ( ARR - ( Churn + 売上原価 + 一般管理費 + 研究開発費 )) / ARR = 40%


③成長効率性指標(GEI: Growth Efficiency Index)

では、顧客の獲得はどう評価すべきでしょうか。そこで成長効率指標です。

成長効率指標 = 営業・マーケティング費 / Net Νew ARR = 1.0

これまで最初の2つの指標は、/ARR で見てきましたが、今回だけ、/新規獲得ARR(Net Νew ARR) です。それは、営業・マーケティングは、顧客の維持でなく、新規獲得のための費用と明確に区別することが目的です。

また、これまで最初の2つの指標は、上限100%の “率” で見てきましたが、今回だけ、 “指標”です。それは、1.0を基準値として、それ以上にもそれ以下にもなり得るためです。

次項で具体的に説明します。



成長効率指標から、成長を目指すか?利益を目指すか?考える

営業・マーケティングの投資対効果は通常比例しません。以下のように横軸を投資、縦軸を効果とすると、ある一定の投資量を超えれば、効果(効率)は落ちていき、対数関数の形を描きます。

成長効率は、投資 / 効果なのですから成長効率性指標(GEI)は1.0でトントン。当然、1.0よりも小さいに越したことはありません。

上記の場合、30の費用に対して、Net Νew ARR は 30、GEIは 1.0です。

では、効率を重視した場合はどうなるでしょうか。例えば費用を15に抑えた場合、GEIは、0.85と改善しましたが、額面となるNet Νew ARR はわずか 17になってしまいます。

一方、攻めの経営として、(例えばメチャカリのようにテレビCMを行い)、費用を90と3倍に増やしたとすると、GEIは、1.50と基準値を大きく超え、効果は2倍の60にとどまります。しかし、効率が落ちたとしても、60もの獲得ができるのです。

では、成長か?利益か?、額面か?効率か?、何を基準に決めるべきでしょうか。必要最低限の情報として「解約額」と「定期利益率」は押さえるべきでしょう。

「解約額」について、今年は10 です。(前年の解約率から予め予測できているものとします。)成長を維持するためには、最低限それ以上の Net Νew ARR が必要です。費用を15 で Net Νew ARR が 17 は、最低限のボーダーラインは超えていることがわかります。

「定期利益率」について、今年は40% でした。(こちらも予測できていると仮定。)費用90の Net Νew ARR は60、翌年は60のARRに対して定期利益率40%の24の利益。2年の収益 84に対して、最初の90の費用ですので、2年でも若干回収できない計算です。仮に2年で回収しようと思うなら、費用は75に抑える必要があることがわかります。

3つの指標がつながりましたね。これらは、新規や継続や解約が玉石混淆した情報では絶対に導き出せません。

もちろん、マーケティングの効果はふたを開けてみなければわかりませんし、回収に3年かかってでも積極投資をしたい場合もあるでしょう。ただし、予め予測を立て、継続的に検証することによって、予測と差異が出た場合にそれはなぜなのか、どのように修正すべきかを議論し、行動することに意味があるのです。



終わりに。

ここまで、重要な3つの指標を見てきました。これは、経営者や財務担当者といった “鷹の視点” でビジネスの全体像を見ることを今回の記事の目的としています。

しかし、実際のビジネスの現場では、 “虫の視点”、 “魚の視点” が必要です。例えば、Netflixでは、1人ひとりの会員の月当たり視聴時間数を最重要の指標にしているようです。(※3)

月額会費を支払って何も見てくれない顧客が相当数いればコンテンツライセンスや配信インフラに払うコストも低くて済むし…などということを考えますが、同社では、毎月の視聴時間が一定水準を下回れば解約率が格段に増えるという事実をつかんでいて、1人ひとりの会員の月当たり視聴時間数をできるだけ増やすことが最大のテーマとなっています。

また、salesforce.com では、“ザ・モデル” という指標を社内に設け、徹底した分業を図っています。(※7)

しかし、サブスクリプションは利益が出るまでに長期化するため、これらの現場の視点・数値が最終的に自社にどのような影響を与えるのかが曖昧になってしまいがちです。現場と一体となり、目的やゴールを共有するためには、現場の行動が最終的にどのように業績と連動しているのかを互いに理解して、やりがいを共有したいところですね。

一方で、冒頭に “自戒の念” と書いたように、私たちがこれらを実践できているかといえば怪しいです。その理由は、会計制度がサブスクリプションに追いついていないことが大きいのではないでしょうか。(“新しいサブスクリプションのP/L” と紹介しましたが、上場企業の財務諸表にこんなものは存在しません)

しかし、これまで述べてきたように、私はこれらの指標に意味を感じています。会計ルールや株主にやらされるのでなく、必要だと思ったことは自らの意志で取り組みたいと考えています。大変長文になってしまいましたが、この記事がそんなふうに思う方たちに少しでも共感し共有できたならうれしいです。




== 2017/12/26 追記 ==
この記事をきっかけに、サブスクリプションモデルを分析した記事を書き始めて、以下のマガジンにまとめています。こちらをフォローしていただけたらうれしいです。※記事はすべてフリーです。

サブスクリプションの分析note




== 2017/11/02 追記 ==
タイプミスを修正しました。
Growuth → Growth


※引用元

(※1)ネットフリックス、米国で値上げの「深謀」(2017/10/15アクセス)

(※2)欅坂46「メチャカリ」CMにメガネかけた平手友梨奈(2017/10/15アクセス)

(※3)時価総額を5倍に増やしたNetflixの驚くべきビッグデータ経営(1) - ストリーミングへの業態転換が奏功(2017/10/15アクセス)

(※4)zuora.ウォールストリートがサブスクリプションを評価する3つの理由(2017/10/15アクセス)

(※5)zuora.サブスクリプションビジネスの3つの重要な指標(2017/10/15アクセス)

(※6)salesforce.com.SaaS スタートアップ 創業者向けガイド Vol.2.2017

(※7)salesforce.com.セールスフォース・ドットコムはどのように「Salesforce」を活用しているか?~社内活用事例のご紹介(2017/10/15アクセス)


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