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【ショートショート】『行列の達人』


《よいこのみんなへ》

ぜんさく【人類存亡の危機】もよんでね!
とっても、だめ、いや、ためになる、おはなしですよ!

https://note.mu/naseem_ou812/n/nf7a74fda5a5d

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「いや~、この店、もうダメかも知れないなぁ」
カウンターで、つけ麵を啜る俺に向かい、三橋さんは深刻そうな顔で腕を組み、呟く様にそう言った。

ここは、俺が足繫く通うラーメン屋【みつはし】。
この【みつはし】は以前、近所にできた【三十五番】という店に客を取られ、かなり厳しい状況だったのだが、その【三十五番】は、いつの間にか跡形も無く消えていた。
その件には、俺も少し関わっていたのだが、詳しい事はよく解らない。
【三十五番】が無くなり、【みつはし】には客が戻りつつあったのだが、このところ再び厳しい状況に戻ってしまったらしい。

店の大将、三橋さんは困り果てた顔で俺に聞いてきた。
「ねえ、清田さん。なんか店を立て直す、いいアイディア無いかねえ..雑誌記者でしょ?何とかしてちょうだいよ」

そんな事言われても...

いつも思うが、三橋さんはライターという仕事を過大評価しすぎている。
「いや~、そんな事言われて、ん?」

俺の頭に一人の男の顔がよぎった..

以前、雑誌の企画で会った、潰れそうな店を甦らせる事を生きがいとしている大富豪 ...
その名は
       
  【【【ジェリー伊藤】】】

あの人なら..何とかしてくれるかもな...

「大将!ちょっと心当たりありますよ!」
俺の言葉に、三橋さんは、パッと顔を明るくした。
「えっ、本当?」
「はい。いや、かなり荒い事になるかもしれないですけど、お金はかかりませんよ」
三橋さんは、嬉しそうに手をこすりながら答えた。
「いや~、何でもいいよ!売り上げが戻ればさ!」

そうだな。俺もこの店が無くなったら寂しいもんな..

「よし!早速、その【行列の達人】に連絡しますよ!」
三橋さんは、子供の様な笑顔で答える。
「おお!【行列の達人】!是非、お願いします!」

翌日、臨時休業の紙が張られた【みつはし】の前で、俺と三橋さんは、達人、ジェリー伊藤を待っていた。
三橋さんは、小刻みに身体を動かしながら俺に聞いてきた。
「清田さん..俺、ちょっと、不安になってきちゃたなぁ..大丈夫かなぁ」
「いや、かなり異端だとは思いますけど、腕は確かですよ..あっ、来ました!」

ジェリー伊藤はスリムな身体を黒のタイトな服で包み、サングラスにニット帽という出で立ちで現れた!
三橋さんは頭を下げながら、ジェリーに歩み寄った。
「あ、あの、達人、よ、宜しくおねが..」
緊張の面持ちで挨拶する三橋さんを尻目に、ジェリーはいきなりキレだした!

「なんなんだよ!この普通な店構えはさぁ!ふざけんじゃねーよ、バカタレ、この野郎!」

そして、ジェリーは間髪入れずに店の入り口に飛び蹴りを食らわせた!
「アンタ、何考えてんだよ!こんな店にさぁ、お客さんが入る訳ないじゃないかぁ!」
三橋さんはその迫力に完全に圧倒されて、口をパクパクと金魚のように動かしている。
さすがは、ジェリー伊藤!
続いて、ジェリーはおもむろに店の中に入っていき、奥にあるテーブルを投げ飛ばした!
「ちょっ、ちょっと、何するんですか!」
怯えながら止めに入る三橋さんにジェリーは叫んだ!
「なんなんだよ!この辛気臭いテーブルはさぁ!こんなもん要らないんだよ!こんなさぁ、普通の発想しかできない奴は、商売する資格無いんだよ!この野郎!」
俺は、暴走するジェリーに聞いた!
「じゃ、じゃあ、ジェリーさん!どうすれば人気店になれますか?!」
ジェリーは、テーブルを投げ飛ばした時にずれてしまったサングラスを戻しながら答えた。
「それはですねぇ、店の中にお風呂を作るんですよ!それくらいやらないと、これからの時代、勝ち抜けないんですよ!」

え?!!...ラーメン屋にお風呂?!! 

ジェリー伊藤の天才的な頭脳が導き出したのは、俺の様な凡人には到底思いつかない、余りに斬新なアイディアだった!

三橋さんは涙目になりながら、ジェリーに訴えた。
「えぇ~、お、お風呂なんて...うちはラーメン屋ですよ...」
弱気な態度を見せる三橋さんに、ジェリーは唾を飛ばしながら叫んだ!
「だからアンタは駄目なんだよ!バカタレ!そうやってさぁ、女々しい事言ってるから閑古鳥が鳴いちゃうんじゃないかぁ!この野郎!」
「そ、そんな~...」
ジェリー伊藤の圧倒的なパワーに圧された三橋さんは、その場にヘナヘナと力なく崩れ落ちた。

その姿は、まるでKO負けしたボクサーの様だった...


        
     

【5ヶ月後】

「いや~、清田さん!いらっしゃい!有難うございます!」
店を訪れた俺を、三橋さんは満面の笑みで迎えてくれた。

新生【みつはし】はお客さんであふれていた!

「いや~、お風呂作るって言われた時は、本当に驚いたけどさあ..慣れれば、何てこと無いね」
三橋さんの言う通りだった。
最初のうちは、恥ずかしそうにしていたお客さんも、今では慣れた様子で、お風呂でラーメンを啜っている。

未だに女性は来た事が無いらしいが...

「清田さんは、今日、入っていかないの?」

「あっ、はい。今日中に終わらせなきゃいけない仕事があるんですよ」

「そうか、残念だなぁ、アッハッハッハ」

ジェリー伊藤によって息を吹き返した【みつはし】は熱気に包まれている。
これでこの店は暫く安泰だろう。

「じゃあ、行きますね」

「あぁ、そう?」

「はい。じゃあ、また」

そう言って店を出ようとした俺の背中に、三橋さんの大きな声が聞こえた。

「清田さん、どうもありがとう!」

振り返った俺の目に映ったのは、心底、幸せそうな三橋さんの笑顔だった。

【了】

監督、脚本/ミックジャギー/出演.清田役.清田明益、三橋役.佐村河内せめる、ジェリー伊藤役.伊藤光男


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