【掌編】『2つの、怖い話』
『1.王国』
俺には、特殊な能力がある。
そして俺は、それが当たり前だと思い、周囲に吹聴して回った少年時代に多くを学んだ。
『変わった子』のレッテルを貼られた俺の周りに、同年代の子供は寄りつかなくなった。
そこから学習した俺は、級友達を始め、両親にもその能力を隠す様になった。
だが、俺は社会に出るにつれて、能力を有効に活用し始めた。
この能力は、多くの人間を喜ばせる事ができる。
一種のシャーマンの類いだが、俺は能力について、本当の事は一切洩らさない。
だが、噂はじわじわと浸透していった。
そしていつの間にか、マスコミまで俺を取り上げる程になった。
彼らは、ただのくちベタな俺を、ミステリアスな演出でネタにした。
その結果、俺は使い切れない程の金を手にする事になった。
まさに順風満帆な人生だ。
だが..
このまま進んでいくと思われた俺の人生に異変が起き始めた。
怒りや不満が膨らんで爆発しそうな声。
それが俺を呼んでいるのだ..
夜になると、その声が聞こえてくる。
他の人間には聞こえない、怒りを孕んだ声。
呼んでいる..俺を必要としている..
ある夜、強さを増すばかりのその声に耐えられなくなった俺は、愛車に乗り込んだ。
そして、声に導かれるままに車を走らせた。
都内から休む事なく走り続ける事、数時間。
気がつくと、俺は人里離れた、鬱蒼とした森に足を踏み入れていた。
爆発寸前の強い怒りが辺りに満ちている。
俺は声を辿り、歩き続けた。
すると、強い異臭と共に、
突然、視界が開けた..
そこには..
数え切れない程の、
無数の動物達が集まっていた..
怒りに満ちた目が並ぶ..
俺は、その恐ろしい数の視線を感じながら呆然と立ち尽くす。
だが怒りの矛先は俺に向いていない。
徐々に、怒りを静けさが包み込んでいく..
すると動物達が、ゆっくりと左右に移動し始めた。
そして俺の目の前に、道が現れた..
この瞬間、能力を授かった意味を完全に理解した。
俺は、その拓かれた道をゆっくりと進んで行く。
世間は俺を、動物の心が読める天才獣医と呼ぶ。
だが、本当は動物達の叫びが、声となってはっきりと聞こえてくるのだ。
もう好き勝手は許されない。
今、人間社会への、逆襲が始まる..
『2.サグル』
「…どんな小さな事でも構いませんので」
開け放たれたアパートの狭い玄関。
ひとり立つ若い刑事は、そう言って端正な顔を少し歪めた。
アパートの近所で殺人事件が起きたらしい。
私は頭の中で昨晩の事を振り返る。
金曜の仕事終わり、仲の良い同僚と軽く飲んだ為、最寄り駅に着いたのは深夜零時半を回っていた。
静まりかえった住宅街。
私は自分のアパートへと歩みを進めていた。
その途中にある小さな公園に、一本だけ桜の木が植えられている。
ほろ酔いの私は歩みを止め、咲き始めた桜を眺めた。
暗闇の中に桜が浮かびあがる。
まるで幻想の世界..
だが、すぐに違和感を感じた。
桜の木に隠れる様に座り込む黒い影がひとつ。
人だ。
目を凝らしてよく見ると、黒づくめで頭からパーカーのフードをすっぽりと被っている。
強い視線を感じた。
心の中に警報が鳴り響く。
私はすぐにその場を離れた。
アパートへの道を振り返らずにひたすら歩く。
そして、部屋に入り、不安な気持ちを洗い流す様に、すぐシャワーを浴び、ベッドに潜りこんだ。
翌朝..
部屋のチャイムが鳴った。
インターホン越しに柔らかな物腰の声がする。
刑事だと名乗る若い声に私はドアを開いた。
「どんな小さな事でもいいんです。思い出せませんか?初動が重要なんです」
そう繰り返す刑事に、私は桜の木の下に座り込む人影の事を話した。
すると刑事は私に向かって一歩踏み込んだ。
「それだけですか?もっと思い出せませんか?」
私は、振り返り、7時丁度を指す時計を見てから呟いた。
「若い男の人だったはずですよ。刑事さんと同じ位の体格の..」
ガシャン。
後ろのドアが閉められた..
その音が、私の脳裏にいつか小説で読んだ一節を思い起こさせた..
【刑事は聞き込みの際、必ず二人組で行動する様に決められている】
目の前の、刑事を名乗る男の顔から表情が消えた..
サポートされたいなぁ..