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【ショートショート】『人類存亡の危機』

「えっ、それは..スパイしろって事ですか?」

「いやいやいや、そんな大袈裟な事じゃないよ!なんて言うかさ、ただ単純に、あの人気の秘密を知りたいんだよね」
俺の言葉を聞いたラーメン屋【みつはし】の大将、三橋さんはそう言いながら、慌てたように顔の前で手を振って、気まずそうに下を向いた。

【みつはし】は、かつて行列のできる人気店だったが、今は少し離れた所にいつの間にか出店していたラーメン店【三十五番】に客を奪われてしまっている。
開店以来、5年以上【みつはし】に通っている俺の感覚では味は落ちてないはずなのだが、最近は店で俺以外の客を見かけることは殆ど無い。
三橋さんは、変装して【三十五番】のラーメンを食べてみたらしいのだが、マズくて食べられたものじゃなかったらしい。
「味では、絶対負けていない!」
俺の前で三橋さんはそう言い切った。
俺も【三十五番】の前を何度か通った事がある。
いつも店の前には行列が出来ていたが、その外観の汚さにとても食べてみようという気にはならなかった。
では何故、そんな店に行列が?
【みつはし】のどこかに問題があるのか?サービス?値段?店主の魅力?
三橋さん曰く、そのどれでも絶対に負けていないとのことだった。
そこで
「できるだけの謝礼はするから」
と【みつはし】の常連であり、フリーライターでもある俺に白羽の矢が立った。
とは言っても、食べる専門の俺にそんな役がつとまるのか?
どうも三橋さんは、ライターという職業を過大評価しすぎな気がするのだが..
しかし、人の好さそうな三橋さんの困った顔を見ると、無下に断る事も出来ず、何となく引き受ける事になってしまい、翌日、俺は【三十五番】の近くに立っていた。

今日も汚らしい店に行列が出来ている。
まるでゴミ屋敷の様なその外観に、普通は食べてみたいという気にはならないはずなのだが..
一体、客は何を求めて並んでいるのだろう?
どこから手を付けていいものか..
よし、聞き込みから始めてみるか!

俺は、店から出てきた客に声を掛けた。
「あの、すみません。今、私どもの雑誌の企画で、ラーメン特集を組んでまして...」

....................................

「別に、美味しいと思って来てるわけじゃないですよ、すいません、もう行きます」【35歳、男性.会社員】

「なんか気が付いたら、いつもここにいるんです」【42歳、女性.主婦】

「もう、生きてるのか死んでるのか解らなくて..」【92歳、男性.無職】

「大将には逆らえな...いや、何でもないです」【22歳、男性.ホスト】

客達の話は意味不明で、どうも釈然としないものばかりだった。
そして何故か全員、目が虚ろだった。

何か嫌な予感がする。

俺は【三十五番】の閉店を待って、一人で店を切り盛りしているという大将を尾行することにした。

深夜0時、閉店時間だと言うのに、何故かまだ行列が続いている。
その30分後、店の明かりが消え、中から瘦せぎすの70近くだと思われる男性が出てきた。

あの男が大将か..

そして、ヨロヨロと歩き出した大将の後に、店の前に並んだ20人程の行列がゾロゾロと続いた!

な、なんなんだ、これは..
まるで、ゾンビの集団じゃないか!
客達はラーメン目当てに並んでいる訳ではなかったのか..
一体、何が起こっているんだ..

底知れぬ恐怖を感じた俺は【みつはし】に向かって走った!

【みつはし】に到着し、店に駆け込んだ俺に、閉店作業中の三橋さんがのんきな顔で聞いてきた。
「おっ、清田さん、何か解った?」
俺は慌てながら答えた。

「大将!大変な事が起こってますよ!」

深刻な顔の俺を見て、三橋さんはキョトンとした顔をしている。

こ、これは一大事だぞ..

まさか、こんな昔のSF映画みたいな事が..

もしかしたら異星人の侵略が密かに行われているのか..

このままでは、もしかしたら人類存亡の危機にまで発展しかねないぞ!
今すぐ警察に、いや、こんな事を解決出来るのは..
あの人しかいない!

俺の頭には、以前、ある事件を共に解決した人物の姿が浮かんでいた!

その人物の名は、
孤高の天才科学者

【【【ドクター外松】】】

俺は【みつはし】を飛び出して、タクシーを拾い、郊外の豪邸【外松ハウス】に向かった!

【外松ハウス】に到着した俺は、玄関のドアを強く叩いて叫んだ!

「ドクターそとまつ!緊急事態です!!」

ドアは自動で開いた。
俺は中に足を踏み入れ、奥にあるドクターのラボまで走った!

ドクター外松は高級そうな機械に囲まれたラボの椅子に腰かけていた。
今年で68歳になるドクターは俺の顔を見て、ニヤリと笑って言った。
「そろそろ、来る頃だと思っていたよ」
「ドクター外松..知っていたんですか..」

ドクターは無言で頷き、おもむろに椅子から立ち上がった!

「出撃だ!君もこれを履きなさい」

そう言ってドクターは、自らの足にすでに装着している【ドクター外松のジャンピングブーツ】を俺に差し出した。

そしてドクターは 
「いくぞ!気合いだ、気合いだ、おい!おい!おい!おい!アッハッハッハ!」
と意味不明な事を叫び、アタッシュケースを片手にピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねながら【外松ハウス】を飛び出していった。

その姿を見ていた俺は.....................
..............................
さっきまでパンパンに膨らんでいた正義感や、使命感と言ったものが、急激にしぼんでいくのをはっきりと感じた...

え?....あの人、お金持ってるんだから、普通、出撃する時はバットモービルとか、ジェームズボンドみたいな車じゃないの?
なんで【ジャンピングブーツ】なんだよ!

いやぁ、いくら天才でも、あの歳で、ああいうのは嫌だなぁ..
俺は、もっと落ち着きのある、達観した感じの老人になりたいなぁ..

年甲斐もなく、嬉しそうに飛び跳ねるドクター外松の姿を見て、すっかり気持ちが盛り下がってしまい、人類の危機を救う気が失せてしまった俺は【ドクター外松のジャンピングブーツ】をその場に置いて、一人寂しく自分のアパートへと向かった..
      
【了】

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監督.脚本/ミックジャギー/出演. 清田役. 清田章益、三橋役. 佐村河内せめる、ドクター外松役. アカマル浜口


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