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《連載小説》BE MYBABY 第五話:深夜の再会

第四話 目次 第六話

 美月の卒業回の収録は涙涙の涙尽くしで終わった。収録が終わっても美月はずっと泣きじゃくり、泣きじゃくりながら周りのRain dropsの面々やその他出演とスタッフ一同にお礼を言って回っていた。それからRain dropsの面々はマネージャーに連れられて美月の楽屋へと向かって彼女に挨拶をすると、自分たちの楽屋へ戻りそこで帰るための準備をはじめた。照山はその間ずっと心ここにあらずのような態度で、そんな彼を心配したメンバーは度々声を掛けたが、そのメンバーにも照山は「ああ……」とか空返事するばかりだった。

 照山は番組の収録が終わってからずっと美月の余韻に浸っていた。帰りの車の中でも彼はまだスタジオにいるような錯覚を覚え、左右を見渡して美月を探してしまうのだった。しかしその夢はメンバーの大声によって無理矢理覚まされてしまった。メンバーはさっきのスタジオ収録ライブの事を話し合っていた。メンバーは照山に向かって「お前やっぱりすげえよ。あの美月玲奈だってお前を見て唖然としてたぜ」と褒め上げた。照山はメンバーの言葉を聞いてスタジオのライブの記憶が蘇ってくるのを感じた。あの時彼は『少年だった』をたった一人の観客のために歌っていた。この曲を聴いて泣きそうになったとわざわざ電話してくれた彼女。この曲を真から理解してくれた彼女。そして演奏している彼の目の前で必死に泣くのを堪えて聴いてくれた彼女。ああ!照山はさっき会ったばかりの美月玲奈に無性に逢いたくなった。

 家に帰ると照山はすぐさま美月にLINEを送った。その中で彼はまず番組を卒業する美月を労り、次に番組で彼女の質問の内容に深く感動した事を伝えた。そして最後に、もう一度君に逢いたいと書いた。それから照山はずっとスマホを凝視して美月の返信を待っていた。ああ!沈黙の中、時計だけが無常に進んでゆく。美月は今何をしているのだろうか。LINEには何の反応もない。どういうことなのだ。彼女がこの僕のLINEに返信しないなんて!いっそ彼女に電話してしまおうか。しかし精神的に少年である彼には恋する女の子に電話するのはどうしてもためらわれた。だが、彼はこのまま無反応のLINEを見続けることに耐えられなかった。ああ!その声を、その姿をもう一度僕に見させておくれ!

 そして長い逡巡の果てに照山は美月に電話することを決心した。彼は自分の決意が萎えないうちに素早く行動に移した。今照山は震える指をLINEの電話のアイコンに近づけてゆく。美月は何度も自分に電話してくれたではないか。なのにどうして怯える必要がある。美月に逢いたい、彼女の声が聞きたい。彼はそれだけが言いたかった。ああ!照山は今胸に少年の高揚感を感じながら美月に電話をしようとしていた。体全体が震えてきた。美月は自分の突然の電話にどんな反応をするだろうか。喜ぶだろうか。それとも迷惑に思うだろうか。不安ばかりが募ってくる。しかし彼にはもう止められなかった。そしてついに彼は電話のアイコンに触れた。そして自分の思いのように強く液晶画面が壊れそうなほど押した。

 それから照山はひたすら美月が出るのを待った。部屋中に電話の呼び出し音が響き渡る。その音を聞いて彼は自分の胸の鼓動が激しく波打つのを感じた。ああ!何故彼女は出てくれないのか。あれほど僕に逢いたがっていたじゃないか。照山は耐えきれず電話を切ろうとした。その時だった。スマホから雑音と共に美月の彼を呼ぶ声が聞こえて来たのである。

「照山君なの?」

 彼はいきなりの美月の問いに言葉を発する事ができずただ相槌を打つことしか出来ない。その照山に向かって美月は大きな声で叫んだ。

「今すぐ来て!」

 照山はすぐさま部屋を飛び出した。彼は電話の美月の態度から彼女が普通ではないのを感じ取った。何があったのだろうか。あの電話の態度はいつもの彼女とは明らかに違っていた。日付はいつのまにか変わっていた。照山はタクシーを電話で呼び運転手に早く美月の元に向かうようにせっついた。彼はタクシーが信号で止まるたびに何故止まるんだと怒鳴りつけた。僕らの恋は止まらないのに何故現実は僕らを止めさせようとするのか。美月は大丈夫だろうか。心配のあまり思わず運転手のクビを絞めたくなる。僕は彼女を救うためだったら犯罪だって犯す覚悟だ。ああ!照山は今少年の心のままに危険な恋の道を走っていた。

 幸いにも運転手を絞め殺すことのなかった照山は美月の居場所につくとすぐさま怯える運転手に金を払ってタクシーを降りた。それから彼は店の名前を何度も確認すると恐る恐る中を覗いた。店には薄暗い灯りが点いているが、中までは見えない。入り口の奥には店員らしき人間が見えたが逆光で影になっていた。照山はドアの外から美月が中にいないか確認した。しかし入り口は狭くしかも店員が塞いでいるので店内は全く見えない。確かに美月は電話でココにいると言っていた。なのにこの異様な沈黙はどういうことだ。照山は悪い予感がして思わず店のドアノブを引いた。しかし開かない。彼はたまらずドアを叩き美月の名を叫んだ。

「美月さん!いるんだろ?僕だよ!早く開けておくれ!君に逢いに来たんだ!」

 ドアを割れんばかりに叩く音と照山の叫びを聞いた店員は慌ててドアのところまで駆けつけてきた。店員はドアの外に立っている白いTシャツにジーンズを履いた照山を舐めるように見ると呆れた顔をして言った。

「おい、お前今何時だと思ってるんだ!酔っ払いか?さっさとどっか行けよ!ここはお前みたいなやつが来るとこじゃねえんだよ!」

 だが照山は店員の言葉に耳を貸さず逆に店員に食って掛かった。店員などにかまっている暇はない。自分は早く美月に会わねばならないのだ。

「美月さんここにいるんだろ!さっさと彼女を出せよ!」

「お前美月さんのストーカーか!こんな深夜まで付け回しやがって!今すぐ出て行け!出ないと警察呼ぶぞ!」

「違う!僕はストーカーなんかじゃない!彼女のれっきとした恋人だ!」

 店員は深夜に突然現れたこのもやしみたいな青年に心底恐怖を感じた。本当に恐ろしいのは普通に見える奴だとよく言われるがその通りだと思った。だから彼は思いっきり青年を思いっきり脅しつけた。

「お前マジで警察呼ぶぞ!」

 照山はこれ以上店員と話し合っても無駄だと思った。この純粋な少年の心を持った自分を見てストーカーだと決めつけ、挙句の果てに警察まで呼ぼうとする人間とはまともに会話さえできないと思った。こうなったらもうこいつを殴り倒して店の中に入るしかない。照山は拳を握りしめた。いざ殴ろうとしたその時奥から聴きなれた女性の声が聞こえてきた。

「外で何やってるの?大きな声でわめいたりして」

「美月さん!僕だよ、照山だよ!」

「照山君来てくれたの?」

 その喚声とともに美月が店の中から現れた。美月はゆっくりとまるで地上に降りたての天使のようなおぼつかない足取りでこちらに向って歩いてきた。どうやら酒に酔っているようだ。美月はほんのりと頬を赤く染め照山に向って恥ずかしそうに笑う。照山は彼女をまっすぐ見つめ、店員はその二人を呆気に取られた表情で見た。

「ごめんね照山君。あのね、さっきまでここで私の送別会やってたんだけど、その送別会がちょうど終わる時に照山君から電話があったから私みんなにもう少し飲んでくって言って照山君が来るまで待ってるつもりだったの。だけど……寝ちゃった。ごめんね、照山君せっかく来てくれたのに心配かけて」

「いや、僕は大丈夫さ。それよりも君が無事に生きていてよかった。僕は君がいなかったら生きていけない」

「あ……あの美月さん。美月さんはこの方を待ってらしたんですか」

「そうですけど」

「そうとは知らず先ほどは大変失礼しました!いつも当店を御贔屓にしてくださってる美月さんのお知り合いに対して私はなんと失礼なことを!」

 美月はいきなりかしこまって頭を垂れる店員を見ていぶかしげな表情で照山を見た。しかし照山は美月に会えたのと店員が謝罪をしたことに満足したのか、さっきのもめ事はどうでもよくなった。だから彼は美月に向って微笑んで安心させようとした。美月もそれを読み取ったのか照山に向ってうなずき、それから店員に向って言った。

「こっちこそ長居してごめんなさい!おまけに寝てしまって……。あのこの人なんですけど、彼、Rain dropsっていう凄いバンドやってる人なんです。そして私の一番大切な人なんです。彼のこと覚えてあげてくださいね!」

 照山は美月のこのあからさまな恋人宣言を聞いて体中の血管が浮き立った。今二人の思いが完全に一つになったような気がした。照山は今までこんな経験をしたことがなかった。勿論彼はイケメンであったから子供の頃から女子にはモテていた。だが女の子よりギターに夢中になっていた彼にはそんな女子たちの熱い思いを聞いている暇はなかった。周りのみんなに彼女が出来ても彼は女子には目もくれず、一日中ずっと、授業中でさえギターを弾いていた。その彼が今生まれて初めての恋愛をしていた。 

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