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《長編小説》全身女優モエコ 高校生編 第二話:映画が村にやって来る!

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 こうしてモエコの学校生活が始まった。彼女は男たちから貰う金のおかげで入学費を払えるぐらいの金は十分にあったが、欲深い両親の差し金で特待生として高校に入ることになってしまった。モエコから普通のサラリーマンを遥かに超える金額を受け取っていながらも両親は働いておらず、生活保護を受けていたのでその資格は十分にあったのだ。またモエコは学校側から通学までの距離があまりに遠いのを心配され寮を紹介されたが、それも断った。何故なら両親が思いっきり反対したからである。彼らはせっかくの金づるに逃げられることを恐れたのだ。

 だが、モエコはこの学校までの遠すぎる道を苦痛とは感じなかった。逆に彼女はこのちょっとした旅行のような通学を楽しんでいた。村の二時間に一本あるバス停からバスで町の駅へと行き、さらにそこから電車で市内まで移動する。村の山と田んぼしかない風景が移動するごとに街へと移り変わってゆくのを見るのが好きだった。彼女にとって市内はもう東京のような大都市であり、そこにあったのは彼女の見たことのないものばかりだった。駅前にそびえ立つデパートやショッピングモール。そしてそのそばには映画館もあった。そして駅から学校に向かう通りには美術館などが並んでおり、モエコにとって初めて尽くしの世界であり、村の偏差な環境に押さえつけられていた彼女にとってこの市内はようやく手に入れた自由な世界であった。

 モエコは部活動の募集が始まると早速演劇部に入部した。彼女のその美貌と才能は部長をはじめとする上級生たちの注目するところとなり、一年生にしていきなり主役を務めることになった。彼女は高校に入って初めて人生というものを満喫していた。今まで抑えられていたものがすべて開放された充実感を味わっていた。

 しかし、教師であり、今は教頭となった男は大変嫉妬深く、教師としての義務感とやらにかこつけて一日中モエコを見張り、モエコが男子生徒と話しているのを見ると、発狂しながら男女交際は禁止だと喚き散らしたり、モエコが演劇部に入っときも、モエコに向かってそんなふしだらな部活はやめてしまえ! と怒鳴り散らしたりした。ああ!恋とはこういうものである。歓喜の後には嫉妬という地獄が待っている。嫉妬はどんなまともな人間をも醜悪な人間にかえてしまう。男はますます美しくなってゆくモエコを目の前にして完全に大人の男としての理性を失った。モエコは度重なる男の干渉に耐えられず、とうとう男に向かってこれ以上私になんか言ってきたらアンタとは絶交するから!ときつく叱り飛ばした。男はこのモエコの言葉を聞いた途端、いきなり土下座をして泣いて彼女に許しを請うたのだ。モエコは大の大人がこんなに泣いてと呆れ果てたが、同時に男が可愛らしくも思えてきて、許してやるから二度と私に干渉するなと言って男を許してあげた。

 それからの一年間、モエコは学校生活を比較的平穏に過ごした。男は少なくとも面と向かってはモエコのやることに口出しをしなくなったので、彼女は日中は気ままに過ごし、授業が終わると用事のない時には他の部員とともに演劇に取り組み、用事のある時はいち早く学校から飛び出して行った。他の部員たちはモエコが何故に頻繁に部活動を休むのがわからなかったが、彼女が特待生であることは知っていたので、それ以上詮索することはやめて、ただこうモエコを気の毒がるのだった。「彼女が気の毒だわ。あんな綺麗な子なのに家が貧乏だなんて。彼女は多分今頃家族のために製糸工場なんかで糸を作っているのよ。まるで『嗚呼、野麦峠』じゃない」

 だが彼女は野麦峠で糸を作っていたわけではなかった。彼女は糸ではなく例の男たちとテレビを観てのである。今日は地主の息子。翌日は財閥の御曹司。当然教頭とも家でテレビを観た。彼女はあの文化祭の日からすっかり舞台に夢中になり、一時期のようにテレビに夢中になることはなかったが、それでも家族を支えるためには男たちとテレビを観続けなければならなかった。しかし彼女にとって、その行為は家族のためだけではなく、こうして寂しがり屋の自分とお友達になってくれている男たちへの感謝のためでもあった。彼女は驚くべきことに男達の友情を全く疑っておらず、彼らが純粋に自分への友情からお金をくれるのだと信じ切っていた。このことが後に大事件を起こすことになるが、その前に次のエピソードを語ることにしよう。このエピソード自体はささやかなものだが、後のモエコにとって非常に重要となる出来事であった。

 モエコが高校二年になったある日である。その日は部活があったので彼女は授業が終わると一目散に部室に向かったのだが、戸を開けると部員たちが妙に色めき立って何事か話し合っているではないか。彼らは入ってきたモエコを見ると駆け寄って来て興奮した面持ちで口々に彼女に聞いてきた。

「モエコ、あなたの住んでいる村で映画の撮影やるって本当?」

 彼女はいきなりそう聞かれても何がなんだかわからなかったので逆に聞きかえした。

「映画の撮影? それってなんなの? よく知らないんだけど」

「エーッ!知らないのぉ!自分の住んでるところじゃない!あのね、あなたの住んでいる村で、神崎雄介の主演映画のロケやるのよ!ああ!あなたが羨ましいわ! あの神崎雄介が近くで見られるなんて!どうしよう!今度の日曜日に撮影があるらしいけど行ってみようかしらぁ!」

 神崎雄介。モエコはその名前を久しぶりに聞いた。思えば彼女の眠れる女優魂を最初に目覚めさせたのはこの男であった。彼にテレビ越しでキスしたあの時、彼女は全身女優としての道を歩み始めたのだ。モエコの全身の血管がざわつき始めた。あの神崎雄介が自分の近くに来る。彼女はすでに心の中で決めていた。神崎に会いに行こう。だが会ってどうすればよいのか。彼女はそれ以上は考えられなかった。ただ神崎雄介に会うことだけしか考えられなかった。


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