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《長編小説》全身女優モエコ 高校生編 第四話:映画が村にやってくる その3

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 さて、モエコたちがその到着を待っている神崎雄介が主演する映画とは、竹梅ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な監督小島泉が久しぶりにメガホンを取る作品であった。『火山に果てる』と題されたその作品は当時の学生運動の挫折を描いた内容で、神崎扮する学生運動家と教授の妻は禁断の恋に落ち、その結果二人とも仲間や世間から裏切り者、不貞ものとの烙印を押されてしまう。とうとうどこにも行き場をなくした二人は九州のとある村に逃げて、絶望のあまり火山に飛び込んで心中するといったものである。この映画は監督小島自身の運動の挫折を色濃く反映した大作であり、主演の神崎にとっても青春俳優から本格俳優になるためにどうしても成功させたい仕事であった。

 モエコをはじめ映画のロケを一目観ようと沿道に集まった同級生も含めた女どもは今か今かと神崎一同の登場を待っていたが、ようやく神崎たちを乗せたロケバスが現れるなり女どもは大絶叫した。そして神崎たちがロケバスから降り立つと女どもは一斉に彼のもとに詰めかけた。色紙を手にサインをねだるもの。シャツを手にサインをねだるもの。さらには毛のついたパンティを手にサインをねだるものさえあった。ああ!何という田舎者らしい恥じらいのなさか。これが九州女。野生そのままの野蛮な雌。女どもの一人など神崎の下に倒れ込んで助けてぇ~!とかいってわざとらしく彼に助けを求めた。しかしそんな中モエコだけは動かなかった。彼女はただまっすぐ神崎雄介を見つめていただけだ。

 撮影スタッフは女どもを追い払い、それから撮影の準備に入った。神崎をはじめ役者たちはチェアに座ってスタンバイしてたが、追い払われた女どもはそんな神崎を恨めしそうに遠巻きに見ている。その神崎は横にいる小島泉に先程からずっとお小言を食らっていた。小島のオネエ言葉でこう言う。「ねえ、雄介ぇ~。ここは大事なシーンなのよ。台本ぐらい読みなさいよ」しかし神崎は小島のお小言にも笑みを浮かべて応えるだけだった。

 モエコはさっきから神崎雄介を見ていたが、まだ彼が現実にいるものとは思えなかった。これがテレビや映画で私を誘惑し、キスや体まで奪ったあの神崎雄介なのだろうか。モエコは目の前にいるただの二枚目の男を見てこう思うのだった。

 肝心の映画の撮影はいつまで経っても始まらなかった。いろいろとトラブルが続出したせいだ。やはり慣れない田舎でのロケのせいなのだろう。小島監督もじれてオネエ言葉でスタッフを詰ったが、それでもトラブルは解決しなかった。そんな状況の中でもさすがベテランの役者たちは冷静であった。中でも神崎の相手役である教授の妻役の大女優岩上益子などは眉一つ動かさずに涼しい顔で扇子なんぞ扇いでいた。しかし若手の役者はもう耐えられなかった。岩上益子の娘役の若手人気女優三日月エリカはもう耐え切れずブチ切れて大声で喚きだした。

「ああ!もううんざりだわ!なんでこんな肥溜めしかないど田舎まで来て撮影なんかすんのよ!エリカもう耐えられない!今からパパに電話して東京に帰らしてもらうわ!」

 その叫び声に周りはシンとなった。監督をはじめ撮影スタッフたちは一斉に彼女をなだめだした。この大女優岸壁洋子と友住財閥の御曹司の一人娘は途方も無いワガママ娘であった。彼女はそのお嬢様丸出しのルックスで中学時代に芸能界にデビューしてすぐに人気女優になった。今はモエコと同じ高校二年だが、この女は根っからの女王様気質であり、周りの人間はすべて奴隷だと思っているような人間であった。

「エリカちゃん、もう少しで撮影始まるから」と監督自ら説得にあたっても相変わらず三日月エリカは帰ると喚いている。その煩さにとうとう耐えきれず大女優岩上益子は三日月エリカの前に立って彼女に向かって叱りつけた。

「あなたいい加減になさい!こんなこと映画の撮影では当たり前なのよ!高校生にもなっていつまでも駄々っ子みたいなこと言うんじゃないわよ!」

「やかましい!シワだらけのババアのくせに!あんたなんかママより年下じゃない?なのになんでそんなにシワだらけなの?人を叱ってる暇があったら自分のお肌にもっと気を使ったらどうなのよ!」

 この言葉に大女優岩上益子はブチ切れた。彼女はこのクソガキと三日月エリカに飛びかかった。辺りに二人の「殺してやる!殺してやる!」という言葉が飛び交った。撮影スタッフは総出で二人を止めた。しかし神崎だけはそんなことは我関せずとチェアで能天気にタバコなんか吹かしているではないか。乱闘は激しさをまし、三日月は自分を取り押さえようとするスタッフをボッコボッコに殴り飛ばしていた。そして彼女は再び大声で叫んだ。

「ふざけんじゃないわよ!みんなして私を騙して!何が九州に行ったら美味しい黒豚を食べさせてあげるよ!観光気分にちょろっと撮影すればいいだけだからよ!ついでに最近日本に帰ってきた沖縄にも行こうよなんてでたらめばっかり並べて!このエリカをこんな火山と木しかないゴミみたいなところに連れてきてどういうつもりよ!」

 騒動を遠巻きに見ていたモエコはこの三日月エリカの暴言を聞いた途端、怒りで頭の血が沸騰するのを抑えることが出来なかった。彼女は三日月の言葉に自分たち村の住人とそしてこの偉大なる自然への冒涜を感じたのだ。彼女は三日月を取り囲んでいる撮影スタッフを投げ飛ばし、三日月の前に出るなり彼女に向かって怒鳴りつけた。

「あんたさっきから聞いてればその言い草なんなの!私たちの守り神である山と森を侮辱するなんて!許せない!」

「何なのよ!あなたいきなり人の前に現れて!この三日月エリカに向かって口ごたえする気?田舎者はどこまでも礼儀しらずなのね!お下がりなさいよ!あなたなんか私と口を聞くだけでおこがましいのよ!何が山よ!何が森よ!こんな肥溜めしかない村なんて燃やし尽くしてやればいいんだわ!」

「よく山と森の前でよくそんな事言えるわね!山を侮辱したらどうなるか教えてやる!山と森の代わりに私がこの拳で鉄槌を食らわせてやるわ!これでも喰らえ!」

 バキッと思いっきりモエコの拳が三日月エリカの顔にぶち当たった。ああ!なんとモエコは拳骨で人気女優三日月エリカを殴ってしまったのだ。辺りには「殴られた!パパやママにも殴られなかった私が原始人の雌に殴られた!訴えてやる!警察に訴えて死刑にしてやる!」とモエコを呪った三日月の絶叫が鳴り響く。もう辺りは大混乱だった。撮影スタッフはモエコを一斉に取り押さえ、ブチ切れまくる三日月を始めとした役者陣はとりあえずロケバスに乗せられた。しかしである。そこに神崎雄介の姿がないではないか。それに気づいたスタッフの一人が小島監督に伝えると、小島はオネエ言葉で「雄介はどこに行っちゃったの!雄介!雄介ってば!」と大げさに叫んでスタッフに神崎を探すよう命令した。

 この思わぬ神崎の失踪という事態に女どもはぎゃーと泣き叫んだ。この山だらけの村には平地などほとんどなく山に入れば崖だらけである。夜は勿論真っ昼間でも危ない場所なのだ。しばらくするとスタッフが帰ってきて、辺りを探したが神崎はそこにはおらず、山へと入って探したがそこでも見つからなかったと言った。小島監督は発狂して雄介あなたどこに行ったの!この映画は二人で完成させるんだって約束したじゃない!と腰をフリフリしながら叫んだがどうしようもない。結局地元の連中も探したが神崎は見つからなかった。

 神崎雄介のことが心配でモエコの同級生を始めとした女どもはひらすら泣いていた。彼はどこに行ってしまったのだろう。ああ!神崎に不幸が有りませんように。モエコもそれは同じであった。彼女はスタッフに取り押さえられ縄をくくられていたが、それでも神崎が心配だった。それに彼女は先程の神崎の態度に不思議な物を感じたのだ。神崎は何故に三日月と岩上の喧嘩に対してああも無関心であったのか。あそこまで我関せずと行った表情でタバコんなんか吹かしていたのか。彼女はそれが知りたかった。


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