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Time is universe

初めての夏休みに突入し、毎日はしゃぎ回っていた頃。母さんが夏風邪で寝込んでしまったことがある。

その時、まだ小学校に上がりたてだった私と小学4年生だった兄は、よく眠っている母さんを起こさないために、昼食を自分達で用意する作戦を決行した。メニューは私の希望で、「そうめん」になった。

鍋にお湯を沸かすまでは、平和だったと思う。しかし、そうめんを投入する直前になって、兄と私は揉めた。原因は、茹でる時間をきっちりストップウォッチで計りたい兄と、茹で時間なんて適当でいいという私の意見の食い違い。

早くそうめんが食べたかった私は、兄がストップウォッチを探している間に、子供用の踏み台に登って、勝手にそうめんを鍋に入れてしまった。両手で握った菜箸で、ぐるぐるとかき混ぜるだけで得意げにしていたが、急激に大量の泡がでてきて固まった。

「危ない!」

兄が叫び、コンロの火を消した。鍋から溢れる寸前だった泡は、一瞬でお湯に戻っていく。その様子にも驚いていると、兄に腕を引っ張られ、強制的に踏み台から降ろされた。

「バカ!」

兄の泣きそうな表情の意味が分からなかった私は、兄からの突然の罵倒に、わんわんと泣いてしまった。結局、泣き声で母さんを起こしてしまったし、兄も号泣してしまうしで、作戦は大失敗に終わったのだった。



「宇宙時計が、地球の皆さんに、午後11時ちょうどを、お知らせします」

「わっ」

今日の分の仕事をなんとか終わらせて、ホログラムのパソコン画面の前でなんとなく幼い頃の失敗エピソードを思い出していた時、画面から大きな声がしてビクッとする。どういう訳か、音声機能がオンになっていたらしい。

パソコンには、最新型の宇宙時計を入れている。地球はもちろん、月や火星、金星などの星々で流れている時間も、リアルタイムに表示されるという時計だ。そこら中の星に、人間の居住コロニーがある現代では、異星への旅行や移住も可能だ。光年単位の遠距離恋愛も、一般的になった。

「オフにしてたはずなんだけどなぁ……えーと、宇宙時計、音声機能、オフ」

「音声機能、オフにしました」

ふぅと息を吐いて立ち上がり、何か飲もうとキッチンへ向かった。

グラスに氷を入れながら、何万光年先の星で暮らしている兄は、今何をしているだろうかと考える。私が中学生になった頃、兄は難病を患い、すぐに余命1年と半年と宣告された。

家で父さんと母さんが泣きじゃくる姿を初めて見た時、やっと私と兄は現実を直視した。本当に死んでしまうんだと、思った。

しかし、父さんと母さんは諦めず、兄の延命方法を探し続け、ついにその方法を見つけた。星間移動だ。星によって、流れる時間の速度は異なる。時間がゆっくり流れる星であれば、兄の命の期限も延長される。

ただし、兄の命を十分引き延ばせられる星は、地球から最も遠い星。最速の宇宙船を使ったとしても、到着までに1ヶ月はかかる。兄のことを考えれば、すぐに決断を下さねばならなかった。

家族会議を何回も開き、最終的に、母と兄は新しい星へ、私と父は地球に残るという結論になった。

ふらつくことが増え、念のためにと車椅子に座らされた兄と、宇宙港スペースポートのロビーで別れの挨拶を交わした。たくさん喋ると泣いてしまいそうで、「じゃね」「またな」という短い挨拶になってしまった。

車椅子を押していく母の後姿を見送りながら、兄の病室で、家族全員で話したあれこれを必死に思い出していた。もうあれだけ話したのだから、これでいいはずだと、自分に言い聞かせていたのかもしれない。



作り立てのカルピスをちびちびと飲みながら、パソコンの前に座り直す。画面いっぱいに、太陽系の星々が映っている。スリープ状態になると、自動的に宇宙時計が画面全体に表示される設定になっているのだ。

指で画面を縮小させ、太陽系外の星も映るようにした。兄と母の暮らす星に標準を合わせ、ズームしていく。

時刻の下に、地球の80分の1と表示されている。地球の1年は、あの星では80年。今の私の年齢は、あの星では何歳になってしまうのか、恐ろしくて計算できない。

ポロロンッ

通知音がした。メールボックスに、「新着あり」と表示されている。すぐに確認すると、兄からだった。

”元気?”

兄らしい、短い言葉に安心する。すぐに返信する。

”めっちゃ元気。そっちはどう?今、暇?ビデオ通話しない?”

”めっちゃ元気でめっちゃ暇。通話しよ”

ふふっと笑いながら、宇宙ビデオ通話に切り替えようと、画面に手を伸ばす。切り替える直前に、少しだけ、兄のいる濃紺の星を眺めた。



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