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『月はキレイかもしれないね』④(創作小説)

↑の続き。

4.ルイ

僕の名前は、おじいちゃんの友達が名付けたと言っていた。
色んな理由から、ルイが残ったらしい。
フランスの王様のようになるか、漢字一字で表すものにするか迷ったらしい。
栄えるものは必ず滅びに向かうから、そういう理由でおじいちゃんは
漢字一字で表す方を選んだらしい。
また聞きのような話になってしまっているのは、
小学生になってからすぐ、おじいちゃんは死んでしまったからだ。
ショックで言葉も出なかったあの夜を覚えている。
今も明確な理由はわからない。
あの夜、不思議な体験をした。
薄暗い病院、集中治療室の廊下で分別のまだつかない親戚の子。
子どもに見せるべきではない…そっと医者が言っていた。
でも、その声が僕の耳に届いていた。
鉄の扉の向こうの景色がなぜだか薄ぼんやり見えていた。
誰がどこに立っているのか、誰が泣いているのかわかっていた。

分からない方が良かった。
知らない方が楽だった。

親戚の中で1番最初に生まれた僕を、
おじいちゃんは特別可愛がったそうだ。
なんなら、歌まで作ったらしい。
その歌詞を書いた紙を見せてもらったことがある。
手書きで、薄い紙に書かれていた。
僕には、おじいちゃんの声が思い出せない。
だから、もらった名前だけが記憶を色褪せないものとしてくれる。

1番年上だから泣くなよ。
僕は葬儀の最中、言われた通りにした。
その時から、聞き分けの良い子の仮面を演じ始めたのかもしれない。


高校生になった頃、不思議な女の子に出会った。
近所で知り合った。
仲良くしてくれるから歳が近いのかと思っていたら、
10歳も年上だった。

年齢を知ってから大慌てで口調を変えようとしたけど、
いつも朗らかに笑ってくれていた。
学びたいと言えば本を貸してくれた。
何かにハマれば、与えてくれた。
姉がいたらきっとこういう感じだったのかもしれないと、
なんとなく思った。
芸名を使って詩を書く人だった。
CDも作って、今度発売するから!!とか、ライブの告知をしてくれた。
部活や遊びに夢中だったから、今度行くと言っては行かなかった。
女の子の友達って、なんだか恥ずかしかった。

しばらく疎遠になった後、ある日SNSで彼女の死を知った。
笑顔しか浮かばなかった人の死は衝撃的だった。
今じゃ彼女の送ってくれた動画や音源でしか声を聞けない。
恋愛感情はなかったけれど、blink 182のI miss youを何度も聞いた。
恋しくたって2度と会えないのに。
何度再生しても色褪せることがない。
動画も観れる。
だけど、彼女は歳をとらない。
近いうちに、僕は彼女の年齢を越えるんだろう。

ルイという名前、この漢字は聡明だとか賢いというような意味が
込められている。
だけど、考える前に動いていたかったと痛感するのは
痛い目に遭ってからだ。
後で行くから。
今度行くよ。
きちんと考えていたら、こんなこと言わなかったんじゃないかと思うと
今でも心が傷む。
彼女の家の場所も知らない。

芸名で使っていた名前、どうしてあの数字だったんだろう?
もう、誰にも教えてもらえないんじゃないかと思う。
あの年齢にこだわっていた理由はなんだったんだろう?
後悔するくらいなら、忙しいと理由にしていたことを投げ捨てて
今は行きたい。
ライブにも行ってみたかった。
今でさえ、彼女の幸せを願わずにはいられない。
どうしてなんだ…
借りた本を返しそびれたままなんだよ。
もう返せないんだけど。

考えることは、必要とされること。
だけど考えていると先に進めない。
だから新しい世界に進ためには、考え過ぎずに先に進む
その一歩を経験したいと思った。
特別なことは起こらないかもしれない。
とんでもないことが起きて、考えても分からないかもしれない。
それでも、何もしなかった後悔に苛まれるよりは先に進みたい。

おじいちゃんのことも、近所で会った女の人のことも
あまり人には伝えていない。
よくある話だと片付けられて欲しくないからだ。

新しい世界に進ことが出来たら、
後悔に押しつぶされる夜が減るのだろうか?
幸せに生きていて欲しい、生きていて欲しかったと思うのは
僕の傲慢なのだろうか。

もし機会があるなら、変わりたい。
先に進みたい。

「新しい世界に進むこと」そのためには、
頭の中で考えすぎないことから始めようと思った。
何があっても躊躇うことなく進めるように靴を新しく買った。


「新しい世界に進めますように。」


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