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【私小説】夏休みの話(お盆前)

 夏休みは、なんとなく過ごしていたい。そう思っていた。

 好きな本を読んだり、見たかったドラマや映画を見たり、自転車や電車で少し遠くの町へ出かけたり。けれども、期末テストが終わったあとにある体育祭の実行委員決めで、いつもパネル係にされていた。それに、お盆前まで部活があったり、補習があったりした。夏休みなんて、お盆時の数日間しか無かった。

 世間的には、これが普通なのだろう。だが、世間様の言う「普通」に、私は耐えられなかった。


 終業式が終わると、通知表が担任から配られる。

 席に着いた私は、渡された通知表を見た。そこに書いてある数字は、1と2ばかり。良くて3があるくらいだ。

(やっぱりそうだよな……)

 中間も期末も、ろくでもない点数だったから仕方がない。

 ため息をついて、4と5が一つもない通知表をファイルに入れた。通知表の入ったファイルをカバンへとしまおうとしたときに、

「どうやら、ろくでもない点数だったようだな」

 カバンを背負った三浦くんがやってきた。少し満足そうな表情だったから、成績は悪くなかったのだろう。

 少しイラついた私は、

「いいよねー。寝てても点が取れる人はさ」

 嫌みったらしく言ってやった。

「お前の見てないところで、わたしはできるだけのことをしてるのさ」

「へぇ。そうには見えないけど」

「まあ明日から、補習を頑張りたまえ。わたしは一人寂しく待っていよう」

「はいはい」

 そう言って私はカバンを肩にかつぎ、教室を出ようとした。

 戸の向こう側には手招きをする多田くんの姿がある。

「じゃあ、行こうか。多田くんが手招きして待っていることだし」

「そうだね。一学期も終わりということだから、一緒に帰ろうか」

「うん」

 私は椅子を入れ、三浦くんと一緒に待っていた多田くんの元へ向かった。


 夏休みも学校がある日と同じように登校していた。午前中には補習と部活が、そして午後からはパネルの色塗りがあるからだ。

 午前中にある補習と部活。これに関しては、補習の方が忙しくて、部活の方は1時間か30分ぐらいしか出られなかった。

 補習は3時間あった。科目に関しては、3時間のうち2時間は国語と数学、英語があった。残りの1時間は、社会科だったり理科だったりする。

 内容は、どれも基礎的なものだった気がする。国語なら漢字や文法、数学なら文字式や方程式といった感じで。社会科や理科に関しては、1学期にやった内容を凝縮したものだった。

(めんどくさ……)

 社会の補習授業中、心の中でそうつぶやきながら、私は机に突っ伏して寝ようとしていた。夏休みだというのに、勉強のことで学校に呼ばれる。

 うとうとして気持ちよくなってきたところで、

「佐竹」

 と先生に声をかけられる。

「は、はい」

「日本に鉄砲伝えたのは何人だ?」

「えーっと……」

 頬杖をつきながら、質問の答えを私は必死で考えた。

 正解はポルトガル人。もっと正確に言えば、倭寇であった王直(中国人なのは当時の倭寇には日本人が少なかったから)の船に乗っていたポルトガル人なのだけど。

 でも、勉強もろくにしていない私は、鉄砲を伝えたのがポルトガル人ということを知っているわけがない。ましてや、王直という一人の中国人海賊の存在など、知るはずがない。

 素直に私は、

「わかりません」

 と答えた。倭寇であった王直の船に乗っていたポルトガル人と答えられたら、どれだけカッコよかっただろうか。

「そうか。お前に聞いても無駄だよな。じゃあ、多田、お前が答えろ」

 諦めた先生は、隣にいた多田くんにかけた。

 多田くんはしばらく沈黙したあと、

「ポルトガル人?」

 とおそるおそる答えた。

「そうだ」

 社会の先生はそう言ってうなずいたあと、私の方を向いて、

「佐竹、授業寝てばっかいないでしっかり参加しろよ」

 と社会の先生が呆れた声色で言うと、一斉に笑いが起こった。


 私と多田くんが美術室に入ってきたとき、もう部活は終わろうとしているところだった。退屈そうに机の上に足を組みながら三浦くんは、

「お二人ともお疲れさん。話し相手が誰もいなかったから、退屈だったよ」

 と大きなあくびをしながら、腕を伸ばした。

「お前は気楽でいいなぁ」

「気楽? これでも俺は忙しいのさ。次に見るドラマや映画、読む本や夏休みにやることを考えるので頭がいっぱいなのさ」

「へぇ。花火大会とか?」

「ああ。花火大会は風流でいいよなぁ。花火と浴衣姿の女の子のうなじを合法的に物色出来て」

 花火大会と聞いて、お盆にそれが隣町で行われることを思い出した私は、

「それじゃあ、お盆時に隣町である花火大会に私は行こうと思うのだけど、どうかな?」

 と誘ってみた。

 迷う素振りも見せず、三浦くんは答える。

「別に構わないよ。母さんの実家から電車で2駅だから」

「わかった」

 そう言って私は、隣にいた多田くんの方を向き、

「多田くんはどうする?」

 と聞いた。

「俺は遠慮しとくよ。さすがにお盆は……」

 多田くんの回答は、世間的な意味では正しい。お盆時に友達に会おうという思考回路の人間は、そういない。もしいるとしたら、三浦くんのような物好きか、複雑な事情があって家にいたくない人間だろう。

「普通そうだよね」

「三浦くんと楽しんできたらいいよ」

「わかった」

 花火大会の件は、私と三浦くんの二人で楽しむことになった。

 終わりの挨拶を終えたあと、お昼を一緒に食べた。パネル製作の時間になるまで、エアコンの効いた図書室で待つことにした。


 午後はパネルの色塗りに駆り出されていた。

 エアコンもない空き教室の中で、タオルで汗をぬぐいながら、線画に沿って色塗りをさせられる。

(全く、なんでこういうときにあいつは来ないんだよ)

 こういうときに限って、三浦くんはほぼいない。部活とパネル製作の間にある時間帯に帰ってしまうことがよくある。仮に来たとしても、週に1回か2回くらいだ。来たとしても、ろくに仕事をせず、ずっと怠けている。そのくせ、何かあったときは記憶を捏造して、自分は暑い中頑張ってました、というのをアピールする。

(どうにかならないものかね……)

 色を塗りながら、私は心の中でつぶやいた。ため息をつこうとしたときに、

「佐竹くん、色塗り終わったらこれ洗ってきてくれるかな?」

 汚れた缶を持った清原先輩は、使わなくなった缶とはけを持ちながら言った。

「あ、はい」

「ここ置いとくね」

 色塗りを終えたあと、私は清原先輩の指示通り、机の上に置いてある絵の具の入った缶とはけを洗いに水飲み場へ行った。


 家に帰ったとき、私はすぐにエアコンをつけて、部屋着に着替えもせずに寝ころんだ。体全体に重りを付けられているかのような重さが付きまとう。

 正直夏休みは、平日よりも疲れる。疲れといっても精神的なものもあるが、肉体的なそれが少し上回っている。それでいて夏休みとか、ほとんど意味がないのではないか?

(とりあえず、テレビ見ようか……)

 疲労感に抗いながら、ゆっくり上半身を起こした私は、テレビのリモコンを取った。そして録画していたドラマやバラエティー番組を夕暮れまで見ていた。

 こんな感じで、私の貴重な夏休み前半は潰れていった。夏休みとは名ばかりで、平日と何ら変わりはない。

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