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登山

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登山の想いでを1つと、実話を基にした短編小説です。
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記事一覧

赤い登山靴 学んだ勇気

赤い登山靴 学んだ勇気

靴箱に、長い間しまったままの登山靴がある。落ち着いた赤色で、2本の靴紐の先がほつれていたが、靴底はまだしっかりして、使用可能な状態である。
いつか履くだろうと保管していたが一向に出番がなく、いつの間にか40年以上もの歳月が流れていた。
靴底には少し土が付着していて、どこの山の土だろうと一瞬思った。
その登山靴を眺めていると愛おしく思え履くあてもないのに、もっと綺麗にしてあげたくなった。

霧島連山

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【短編】 登山のご縁#1(感染症)

【短編】 登山のご縁#1(感染症)

令和2年の初頭からコロロ感染症の恐怖

世界中が混沌としていた。テレビニュースからは、閑散とした観光地が映し出されていた。
そんな不穏の中で、恵麻は第1志望の高校に合格し意気揚々としていた。しかし、入学してみるとマスク生活は続き、昼の会話のない静かな食事と校内の沈んだ雰囲気では、気の合う友人を作ることは困難だ、と五里霧中の心境だった。

隣り街では、海外在住の邦人女性がコロロ感染を危惧し、帰国して

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【短編】 登山のご縁#2(感染症の影響)

【短編】 登山のご縁#2(感染症の影響)

恵麻は、最近の父に覇気が感じられないことが気になっていた。

それから暫くして、父の経営する老舗旅館が3年近いコロロ騒動で客足が遠退き、廃業に追い込まれた。
そして恵麻は、想像だにしない安値で売却することを知った。彼女は平穏な日々が音を立てて崩れていくようで、茫然自失になった。

老舗旅館が安く買い叩かれ中国企業の手に渡ってしまうのは、今の日本の悲しい現状だった。
苦渋の決断をした父は、残務処理を

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【短編】 登山のご縁#3(半分のみかん)

【短編】 登山のご縁#3(半分のみかん)

翌朝早く目覚めた母の洋子は、枕元の名刺を手に取り、その色褪せた名刺を暫く見つめていた。

そして、名刺を頂いた26年前の情景を鮮明に思い出した。
秋晴れの絶好の行楽日和に、20代前半の洋子と親友の和美は霧島連山最高峰の韓国岳登山を楽しんでいた。
途中二人は、休憩をするための程よい岩を探し腰掛け、背負ったザックを「ヨイショ」と降ろした。

洋子は膝の上に置いた自分の赤いザックの中から、小ぶりの温州み

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【短編】 登山のご縁#4(一大決心)

【短編】 登山のご縁#4(一大決心)

大山さんは、26年も前のことを覚えておられるだろうか、ましてやご存命だろうか。

洋子は悩んだ挙句「溺れるものは藁をも掴む」の思いで、名刺に記された大和株式会社に電話をかけた。
すると『只今、おかけになった電話番号は現在使われておりません。プー、プー、プー』残念な音声が流れ、緊張の糸が切れた。

暫くして、インターネットで何か分かるかもしれないと『大和株式会社』を検索して調べた。
住所は違っていた

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