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【夜の舞台裏 #005】「優しい監獄・怖い監獄」

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オーストラリアにワーホリ中のナツオです。ブルーベリーは手取り35万くらい稼げて、住み込みだから生活費が10万もしないくらいなので25万くらい貯金できてます。もう日本で働きたくないなぁ。。。

僕も将来的に映像作品や独自のメディアを作ったコンテンツを配信することを目標にしています。今回のインタビュー記事を読んで気に入ってもらえたら、是非フォローしてください! (instagram:@kohhbeme filmmarks:@natsuo007)


〈第5回〉 【夜の舞台裏】

「優しい監獄・怖い監獄」

~「本の虫」と「監獄」を題材に~

外の世界の残酷さも、継母が本当は守ってくれたことも知らないで、外の世界に憧れを持ったまま人間を辞めることができた。これは救いなんだよ。


今回は「本の虫」と「監獄」について扱います。

▶︎「本の虫」

ナツオ(以下ナ):部屋の中に監禁されて育った女の子が、その部屋の中にあった本をひたすら読み続ける。その果てに"本の虫"になってしまう。
なんかカフカの「変身」みたいな話だな。
この本の虫になるというラストはどういうことなの?

◾️「変身」(フランツ・カフカ)
ある青年が突如一夜にして巨大な昆虫に変わってしまう。人の目につかぬよう自ら部屋に籠るものの、あることがきっかけでその姿を家族に見られてしまう。彼と彼の家族はこの困難をどのように乗り越えていくのか…

ナイトアウル(以下夜)「本の虫」の場合、主人公の女の子は部屋に監禁され、そこにある本でしか世の中のことを知ることができない。だれかとコミュニケーションすることなく、自分の中で妄想が膨らんでいってそれが彼女にとっての世界になっていくことになる。
本だけを摂取し続け、本の世界としか外界と繋がっていない。そんな彼女は本で出来上がった存在と言える。それをフィクション的な飛躍で本の虫になったと描いてみた。
:なるほど。カフカは「変身」で不条理の哲学、つまり世の中には理由や因果で説明できない不条理な苦難が人々に訪れることがあるのだということを描いたわけだけど、今作ではそういう狙いはある?
:まさしく不条理で残酷な背景があるんだ。
これはさホロコーストの話なんだよね。彼女はユダヤ人なんだ。ナチスから隠すために監禁されている。継母は虐待してるんじゃなく主人公を匿っているんだよ。

▶︎ホロコースト
ホロコーストとは、ナチス政権とその協力者による約600万人のユダヤ人の組織的、官僚的、国家的な迫害および殺戮を意味する。

出典:ホロコースト百科事典

:え?そんな描写なかったと思うけど
:実は彼女の読んでる本は全部、ナチスの時代の前の作品なんだ。

最近読んだ本と言えば、ヘンリージェイムズのねじの回転サキの短編集カフカなど古典が多かった。わりと年代の新しい文学でも読んでみようと、まだ手付かずだったフォークナーの納屋を焼くや、チャンドラーの大いなる眠り、それとダザイの走れメロスを思い浮かべた。どれも魅力的だったが、やはりヤパン文学を読んでみたいと思い走れメロスに決定した。

ナイトアウル短編作品「本の虫」

ナ:さりげない!
僕そういう描写めちゃくちゃ好き!情報を直接的に説明するよりスマートだよね。
夜:ナツオ好きだろうなって思ってた。


理想的な描写について

〜傑作映画を例に〜


:ちょうど僕の一番好きな映画、「君の名前で僕を呼んで」もそういうさりげなさに溢れててさ。
同性愛を描いた作品にしては珍しく、彼らへの差別だとかアイデンティティ上の問題とかが表面的には描かれてないように見えるんだけど、実はさりげないところでキチンと描かれているんだよね。

ティモシーシャラメ演じるエリオがアーミーハマー演じるオリヴァーを意識する最初のきっかけが、首元に光るダビデの星のネックレスを見ること、つまり彼がユダヤ人というアイデンティティを前向きに表現しているところに同じユダヤ人として感銘を受けることで恋愛感情が芽生え始める。エリオはイタリアのユダヤ人、つまり第二次世界大戦でナチス側についた国のユダヤ人であり、ユダヤ系が強いアメリカのユダヤ人であるオリヴァーの自信のある態度には魅力を覚えやすかったんだろうね。

映画「君の名前で僕を呼んで」(2017)

エリオの親戚の政治談義のシーンは恋愛映画の中で意味のないように映るけど、実はかなり重要。野党連合である五つ星同盟がキリスト教的な保守政党を打ち破ったクラクシー政権について議論されている。つまり革新的な方向で社会が動いていて、同性愛を認めようという機運が高まっていた時代だとわかる。この映画が公開された2017年は、イタリアの野党達が移民排斥という極右政策で結びつきポピュリズムの波に乗っかって政権を獲得してしまった次の年なんだ。つまり、当時の野党連合政権の前向きに物事が進んでいた時代を描くことで、現代の野党連合の右傾化を批評している。
この政治談義の後エリオが鼻血を流す。これは社会主義とか革命を示す"アカ"の意味とか、この数年後エイズパニックが起きて同性愛への差別が激化する未来への暗示だとかって意味がある。

映画「君の名前で僕を呼んで」(2017)

あぁ語り出すと止まらないな。こんなの一部でしかなくて、こういう素晴らしい示唆がいくらでも見つかるんだよこの映画。

:この映画は確かにかなり良くできた作品だよね。だけどそういう深さをこれみよがしには見せてないから映画好きとかインテリじゃない人も楽しんでるライトな作品って印象がある。
:小難しいこと言ってるけど、この映画マジでただの切ないBLラブコメなんだよね。諸々の要素はさりげない描写に留めておいて、徹底してただのラブコメ要素だけを前面化している。ただの物語が前にあって、そこに深い要素が肉付けされている。完璧な物語ってそういうものだと思う。
ぼく今年入ってこの映画をすでに4回見てるんだけど、本を読んで本の虫になれるなら、このまま見続ければ僕はティモシーシャラメになれたりしないかな
:無理だよ。ナツオがなれるのはせいぜい、ティモシーにセ○シ出された白桃だよ。
:僕の兄貴、あのシーンに対する嫌悪感で年間ワースト映画だって言ってたわ笑笑


守られた子供


:かなり脱線してしまった、今作の話に戻ろう。
ホロコーストはまさしく不条理な暴力であり悲劇だ。そんな世界の中で本ばかり読み続けて本の虫になるということはどういうことなのだろう。
:ある種の救いなんだよね。彼女は外の世界に出ることを夢見ていて、それが果たされないから一見するとバッドエンドに思える。だけど不条理な残酷さにまみれた外の世界を知ることなく、本の虫になれた。外の世界の残酷さも、継母が本当は守ってくれたことも知らないで、外の世界に憧れを持ったまま人間を辞めることができた。これは救いなんだよ。

▶︎「監獄」

:移民に対するヘイトクライムを起こした死刑囚に取材をしていく、最初は意気揚々と自分の正当性を主張する死刑囚だったが、死刑が近づくにつれて衰弱していく。直前もはや死んでないだけの空っぽの状態になった死刑囚が最後につぶやいたのは「怖い」という言葉だった。

「私の方では知りたい内容はお伺いできたのでもう質問はないのですが、最後に私に何か話しておきたいことはありますか?」

男はやつれた顔で私の方に視線を向け、何かを話そうとしていたが、うまく話せないようだった。顎を左右に動かし小さな舌を口から覗かせた。その時一言男が何かを発したように思えた。再び耳を傾けると男は言った。

「怖い」

ナイトアウル短編作品「監獄」

 最初は死刑囚の過激な思想の恐ろしさが描かれていたのが、物語が進むにつれて刑務や死刑の制度の方が恐ろしいものとして描かれているよね。
:国家というものの恐ろしさを描きたいなってのが念頭にあったんだ。監獄に限らず、国民が普通の生活を送っていてもシステムの中でがんじがらめに生きらせられているんじゃないかって感じることがある。生きづらさみたいなものを感じる人が多くて、それが最近議論されたりもするよね。
:1人の人間がヘイトクライムを起こすという事象は、決してその個人の特性だけに起因するわけではない。例えば貧困、精神的生きづらさ、右翼的な社会通念、といった構造的なものによって生み出されるものでもある。
囚人の犯罪がヘイトクライムという設定はそういうのを描こうという理由から?
:ヘイトクライムがある種の構造の産物であるとうのはそうだと思う。でも今作でそういう設定にしたのは、国家の怖さを描く際に囚人を読者に共感させない人間にした方がいいと思ったからなんだ。最初に囚人の邪悪さを見せておくことで、読者にこんな奴は死んで同然と思わせる。その後に衰弱し切った囚人を見せることで落差を作って読者を困惑させる狙いがあった。囚人が冤罪だったり正当性のある犯罪だったりしたら、ただ良い人が殺されるだけの可哀想な話になってしまうなとも思ったかな。

男の死刑執行は予定通り実施された。看守によると、男は最後はひどく痩せ細ってしまい、首を吊るすロープの穴さえすり抜けてしまうのではないかと危惧されたほどだったそうだ。男はこの世を去った。私は男の証言をまとめて記事を出し終え、また別の取材に取り掛かり始めた。しかし、いつまでも男の最後の言葉が頭から消えることはなかった。

ナイトアウル短編作品「監獄」

:なるほど。なんだかこの話には安倍首相を暗殺した山上被告が元々自民シンパのネトウヨだったっていう背景を思い出させるな。統一教会絡みで「好きだったのに裏切られた!」と感じて凶行に走ったという動機が考察されているけど、今作の極右的な発想を持った囚人が最後正気を失っていくというのと似た話だと感じる。国家のために尽くそうとした結果、なんのリターンもないどころか人間性を失うという皮肉。
:山上被告のその話は知らなかったな。その背景は興味深いかも。


〜結び〜

今回は、国家や社会による抑圧(監禁)というテーマのもとナイトアウルの持つ社会への訴えや価値観を掘り下げていきました。
次回のインタビュー記事も楽しみにしていてください。ではまた!


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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