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健康第一、家族第一

少し前に、私は体調を崩した。私の父は、私が体調を崩すとすごく怒る。

最近、夜寝るのが遅かったんじゃないか。
体調管理が疎かなんじゃないか。

そんなふうに、私にむかって怒る。


小さい頃は、なんで父がそんなに怒っているのか理解できなかった。風邪を引いたときくらい、優しくしてよ、と思っていた。でも、最近になって、父は、私を叱りながら、父自身を叱っているのだと気づいた。


父にとって、私はいつまでも小さな女の子で。自分が守ってあげたくて。
でも、自分が守ってあげられないのが腹立たしい。いまの私には、そんな風に見える。

私の父は、実の母を3歳のときに亡くしている。父の実母の死因は、はっきりしないが、三人の息子の育児や家事に追われて心労が溜まってしまったからではないかと聞いている。

父は、祖父の再婚相手である義理の母に育てられた。義理の母、私の義祖母は、とても厳しい人だった。父には、二人の兄がいて、父は兄たちから実母はとても優しかったのだという話を聞いていたらしい。本当のお母さんが生きてくれていたら、と幼き頃の父は何度も思ったという。

義祖母は、私から見ては、厳しいとは言っても、暴力を振るうことはないし、根っからの悪い人というより、口が悪い不器用な人という印象だったが。

それはともかく、父は、自分が家庭を築いたら、妻を死なせないように、楽をさせてあげようと、心に誓ったのだ。だから、父は、毎晩残業して帰ってきても、朝には、誰よりも早く起きて、洗濯物をして、朝ごはんをつくって、ゴミを出してから出かける。

母は、のんびり寝ている。
父を見送るときもあれば、そのままのんびり寝ているときもある。私としては、気難しくて、高血圧で、何度か入院するほどの病気にかかっている父の方が、早死にしてしまうような気がしてならない。母は、のほほんとしているし、ぽっちゃり項目以外には健康診断も良好だ。風邪もほとんど引かない。(母の家事を減らすより、間食を減らしてあげたほうが、母の健康のためには良さそうな気がする)

それでも、父は、母を大事にすると決めたから、今も毎日家事をしている。

父は母のことはそれほど心配していないと思う。
母は心身ともに健やかだから。

でも、私や妹のことは心配している。
生まれたときから、ずっと。


特に、私は父によく似ている。神経質で、打たれ弱い。頑張りすぎて、体調を崩す。

そして、私は父の実母にそっくりらしい。

父の実母の妹達と会うと、みんな目を細めて、私の顔を見る。「姉さんに会っているようだ」と、言われる。私は、そう言われても何と言ってよいかわからなかったが、少しだけうれしかった。

私が生まれるずっと前に亡くなっているから、実の祖母とは会ったことはない。でも、私は鏡を見れば、実母の影に会えるのかもしれない。

優しい、実の祖母は、若くして亡くなった。
幼い我が子を残して。

それが、不幸な人生だったというつもりはない。彼女は、たくさんの人から愛されて、たくさんの人を愛した。

きっと、いい人生だった。

ただ、若すぎる彼女の死を悲しんだ人は大勢いた。私の父は、悲しいか、悲しくないかもわからないときに、母を失った。

私が体調を崩すと、父はきっと父の母と私を重ねてしまうのだと思う。私が鬱になりかけたとき、父は泣きそうになりながら、お願いだから無理をしないでくれと私に言った。私は、父のおかげで、無理するのをやめられた。


父は、私が風邪を引くと、怒ったあとに、おいしいおかゆをつくってくれる。昆布と鰹節で、丁寧に出汁をとり、卵でふんわりと包んだおかゆ。父のつくる料理は、どれも丁寧な味がするが、そのおかゆを食べているとき、とりわけ父の愛を感じる。おかゆをコトコト煮ている間に、父の顔は、怒っているような、不安そうな顔から、娘を想うやさしい父の顔へと戻っていく。

私がおかゆを食べているとき、父はいつも同じ話をする。

「”健康第一”って、
 親父は、いつもみんなに言っていたんだ。

 そして、そのあとに必ずこう付け加える。
 “家族第一”って。

 家族第二、ではないんだな。
 そこが親父らしいんだけど。

 でも、まずは、健康が必ず先にくるんだ。
 健康じゃなきゃ、家族も守れないからね。」

私は、どっちも第一なんて、おじいちゃんらしいね、と相槌を打つ。

でも、頭では、それをおじいちゃんがどんな気持ちで言っていたのか考えてしまう。たぶん、父も私と同じことを考えているだろう。

祖父が守りたかったもの。

それは、家族の健康だ。

一番守ってあげたかったものを失って、祖父はこれ以上大切なものを失わないように、ずっと自分自身に言い聞かせていたのだろう。


祖父は震災の年に亡くなったが、祖父の言葉は、私の父の胸に刻まれて、今も私を見守りつづけてくれている。


私も、祖父の意思を受け継いで、これからもずっと、「健康第一、家族第一」と言い続けたい。



「健康第一、家族第一」

私は、この我が家の家訓を、とても誇りに思っている。