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読んでない本の書評44「ポラーノの広場」

261グラム。「風の又三郎」のちょっと見慣れないバージョンなんかも入っていてマニア向け重量級。

 宮沢賢治と言えば「春と修羅」の中の「ほんたうにおれが見えるのか」
という一行がやけに好きなのだが、そこだけ切り取って言っても何も伝わらないところがまた愉快。

 賢治については「自力で稼いでいた期間って5年くらいのものなのっ?」とか「生前の自費出版の費用ってあんなに生業を否定していた実家の財布から出てるの?」とか「東京へ家出したときも1年たたずに帰郷してるのっ?」などなど、ヘタレ系エピソードを調べるのが面白かった時期があった。きわめて性格が悪い。
 寺山修司に言わせると思想は無記名なので言ってることとやってることが違うのはまったく問題にならないんだそうな。なるほどそういうものかなとも思うが、実家のほうはそうとも言ってられなかったのではないか。

 とはいえ、自分も賢治の享年を過ぎて何者でもない身となれば、考えてみれば彼こそ辛かったろうな、と思うようになってくる。
 あんなに全方位的に五感が開きっぱなしなれば、普通に商人や勤め人としての人生というのは相当困難があるだろう。
 文筆にしても、今のように確たる評価などない中でいきなりあんな文章を読まされた読者は、びっくりしてスルーしてしまうに決まっている。今、私のような平凡な感性の人間が賢治の特異な文章を注意深く読めるのは理解できる人がちゃんと評価してきたおかげだ。
 自分の信じる能力のおかげで完全にこの世界で無力だったことは、さぞいたたまれなかったのじゃないか。

 「ポラーノの広場」はその点とっても感動的である。ツメクサに書いてある番号を追って昔話に聞いたユートピアを探しにでかける(ちょっと心配な感じの)少年と、青年の冒険で話ははじまる。
 せっかくみつけたユートピアは大人たちが金儲けに使っているので、少年たちは怒って戦う(なぜか歌合戦で)。
 その直後から少年はしばらく行方不明になるが、もどってきたときには自分たちの力で新しいユートピアを作る行動の人になってる。
 ああよかったよかった。人から馬鹿にされる夢見がちな少年がちゃんとコミュニティの中にユートピアを建設できてよかった。

 大人でもなく子供でもなく生きるのは寂しかったろうなあ。
 ほんたうに俺が見えるのか。

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