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短編小説 沈黙は金、なのでしょうね。(『老いの恋文』第2部)

口に出すだけで消えてしまいそうなはかない恋ごころ。
それでもあの人に伝えたい・・・。
純粋な思いはいつまでも輝きを失うことはない。

 高校2年の終わり、みんなで色紙に寄せ書きをしましたね。ひとり一枚ずつ。あの時、純(すみ)ちゃんは、私の色紙に「沈黙は金、なのでしょうね。」と書いてくれました。無口な私への批判めいた言葉だとぐらいに思っていたのですが、50年たった今、その真意がやっとわかりました。あくまで私の想像にすぎませんが、聞いて下さいますか。

 同じクラスの信(のぶ)ちゃんが私に好意を寄せてくれていたのは、たぶん純ちゃんも知っていましたよね。信ちゃんが自分の席の横に立ったまま、私の方をじっと見つめていたのを、クラスの誰もが知っていたはずです。でも、信ちゃんがなぜ、あんなことをしたのか、なぜ、あんな目立つことをしたのか、私にはずっと理解できませんでした。彼女はそういうことをする子じゃないと思っていましたから。
 先日何年振りかで卒業アルバムを開きました。ある事に気づきました。思い出した、と言った方が正しいかもしれません。純ちゃんと信ちゃんは部活がいっしょだったんですね。バドミントン部。2年の時はクラスもいっしょ、部活もいっしょだったわけです。いろいろ話をする機会も多かったんじゃないかと思います。そんな中でこんな会話もあったんじゃないでしょうか。

「私、〇〇君のことが好きなの。」
「あ、そう。あの子、女子にもてるわね。他にも好きだって子、結構いるみたいよ。」
「そうなの。私も知ってる。」
「思い切って告白しちゃいなさいよ。彼は自分からは、言わないと思うから。それに他の積極的な子に取られちゃうかもしれないじゃない。」
「でも、どうやって告白したらいいの。恥ずかしくて私言えないわ。」
「こういうのはどう。何も言わずに、じっと彼のことを見つめるのよ。座ったままじゃ、目立たないから、立って。立って見つめれば、彼も気づくだろうし、ほかの子も、びっくりして遠慮しちゃうわよ。」
「ただ見つめるの?それで通じるかしら。でも、それはそれで恥ずかしいけど・・・。」
「それぐらいはやらなきゃだめよ。」
「わかった。やってみる。」

 そして信ちゃんは、純ちゃんのアドバイス通り、実行したというわけです。しかし、私は信ちゃんの勇気ある行動を無視しました。

「せっかくあなたがこんなに勇気を出したのに、男の方が何も言って来ないってのは、おかしいでしょう。駄目なら駄目で、はっきり言うべきよ。無視するなんて、男らしくないわ。最低。もうあんな人あきらめなさい。私もあきらめるから・・・。」
「え? 純ちゃんも〇〇君のこと好きだったの? まあなんとなく気づいてはいたけど・・・。」
「ごめんね。黙ってて。あの作戦、本当は私がやるつもりで考えたの。馬っ鹿みたいね。私たちも無視しちゃいましょう。」
「純ちゃん、ありがとう。私のために・・・。」

 その結果が、あの「沈黙は金、なのでしょうね。」という言葉になったんだろうと、今になって思えるのです。
(あなたにとって「沈黙は金」でも、他の人から見れば、「沈黙が銀」になる時もあるんじゃないの。)
ということが言いたかったんですよね。あの頃の私は、自分の価値観が、すべての人に通用するものだと思い込んでいました。お恥ずかしい限りです。お二人には、本当に申し訳ないことをしました。

 私は今、会社を定年退職して、自分の来し方行く末に思いを馳せながら、いつ死んでも後悔しないように、遺書とするべく駄文を書き連ねている次第です。書く時は、饒舌でいられますから。

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