NORIYA

遠い先祖の守ってきた熊野古道修行場「笙の窟」より、遠く江ノ島までの遠い旅の記録・神社仏…

NORIYA

遠い先祖の守ってきた熊野古道修行場「笙の窟」より、遠く江ノ島までの遠い旅の記録・神社仏閣参拝などを出筆中です。モノキャン5期

マガジン

  • 仮 笙の窟から江ノ島へ結界巡礼の旅

    巡礼順序 笙の窟 頼朝の誕生の地 義朝の墓 源範頼の墓 源頼家の墓 源実朝の首塚 義朝の墓 北条政子、源実朝の墓 鶴岡八幡宮 頼朝の墓 江ノ島神社 江ノ島大使 江ノ島岩屋 高野山西室院 高野山金剛三昧院 高野山奥の院 出雲大社 最後は、笙の窟で終了。 逐次更新予定です。 ★鎌倉3代将軍の墓 巡礼の旅 参拝場所所在地

  • 仮 後南朝の自天王さん 上北山村編

    自天王さんとの出会い 今から、何十年前のことだろうか? 当時小学生だった私は、吉野郡上北山村小像(ことち)にある北山宮へ親戚のともだちと遊びにいくところだった。 お盆所はよくわからないが、その方向に行けば天狗の家もあるそうで、興味津々の私は、その地区の広場で遊んでいたのだ。 まあ。北山神社が、どんな神社であるかは知らない。 神さまがいるのだろうしか認識はなかった・・・・ 基本データーを出筆中。

記事一覧

新宮・熊野の旅
大石家・西村家へ墓前報告。
お墓のお花だけでも、かなりの本数が必要になった。
【大逆事件】題材にした小説を書くことを報告。
http://www.urikomail.jp/modan-spot/kaiin.html

NORIYA
8か月前
10

いよいよ。来週、川上村のガイドと一緒に、尊義王の墓に行ければ、バンザイだ。山を舐めてかかると、大変なことになる。
やはり、その専門に頼むしかない。ガイド料3万也。

NORIYA
9か月前
2

参考資料 後南朝 上北山村 古くからの風習 車憎禅師と虫送り

説明 日本には古くから伝わる四季の風習や行事が数多く存在します。 これらは、ただの伝統や風習ではなく、地域の人々の心と結びつく重要な象徴であり、奈良県上北山村の…

NORIYA
9か月前
8

笙の窟に収める御札の現在の収集状況

3月から計画して、あと二箇所分で完成する。 収集した御札を笙の窟に納める。 陰陽師形式で実行

NORIYA
9か月前
3

後南朝 あるお盆のできごと・・・川上村に残る古い言い伝え

これは絶対に話してはならないと言い伝えの話です。 ある暑い夏のお盆の日、私は調査のために小像の自天王さんの胴体塚に足を運んだ。 その寺ではすでに、一人の若者が本…

NORIYA
10か月前
6

仮 後南朝の自天王さん 上北山村編の編集が遅れている。
まずは電子書籍に掲載する画像が、宮内庁に許可を取る必要がある。
掲載を見送るか迷っている。
あとは三之公周辺の撮影。あそこには運が悪く成功したためしがない。
昨年は、滝壺に落ち、もう少しで遭難に合いそうだった。

NORIYA
10か月前
4

ビルマ大戦 資料2 祖父の弟の奥さん 弟が戦死後、未亡人となった。
しばらくは、家にいたが、実家である熊野の西村家に帰った。伊作さんは、文化学院を創設しており、新宮にはいなかったようだ

NORIYA
10か月前
5

あと一月ちょいで、終戦記念日。戦時中のビルマでの祖父の弟の写真。
YOUTUBEでも、当時の資料を収集。吉田部隊だけはデーターとして残っている。あとは戦時中の手紙。

NORIYA
10か月前
1

太平洋食堂の小説が届いた。
さて、これを参考にして骨組みができるのか。不安である。
そもそも、文章力のない私でも、電子書籍を出せているのだから、いずれは出来るだろう。リアルに血の繋がりのあった遠い親戚のことを描くのだから、創作にも息がかかる。

NORIYA
10か月前
3

国立博物館で先祖のことを調べた。

ひとつ大きな発見した。

高祖父が小説を書いていたこと。

NORIYA
11か月前
1

大平山神社へ
今から10年ほど前の出来事。
ふと、たどりついたところ太平山神社
先祖の村に協力した伝説の人物がいると言う。
ちょくちょく祖父から聞いていた大平宗助。
この人物が神様として、八坂神社の敷地内に小さな祠がある。
http://www.ohirasanjinja.rpr.jp/info/detail.php?n=0015

NORIYA
11か月前
1

家から出てきた写真。恐らく明治後期か。大正時時代のモノ。当時の郵便局の写真。時代も懐かしく、飛脚さんもいる感じだね。

NORIYA
1年前
2

祖父から聞いた西村伊作さんの話。どのような人物像であったのか知りたくて購入して、5年ぐらいたつ。大逆事件につながるとは思いもしなかった。

NORIYA
1年前
1

1枚の写真。祖父の弟がビルマへ行く直前の写真。
この写真から、気持ちが伝わってくる。
どのような気持ちで戦争にいったのか。
気持ちは図りし得ない。
ビルマと日本を行き交いした手紙のやり取りも残っている。
まあ、祖父の弟が生きていれば、少しは私の人生も変わっていたのかもしれない。

NORIYA
1年前
3

大東亜戦争で亡くなった。気になっていた一枚の写真。

ビルマ戦で亡くなった祖父の弟の写真。

いつも思う。

この時代の戦争は、今となれば・・・と。

ビルマ 吉田部隊

NORIYA
1年前
1

ジブリを体験した西山観音。この地が村発祥の地と聞く。到着して見ると多くの先人達の姿があった。ここで手持ちのスマートフォンからお経を流すと、大きな風がふわっと流れた。ここにも先人たちの魂は残っているだなと。

https://urano.org/kankou/kamikita/kami02.html

NORIYA
1年前
2

新宮・熊野の旅
大石家・西村家へ墓前報告。
お墓のお花だけでも、かなりの本数が必要になった。
【大逆事件】題材にした小説を書くことを報告。
http://www.urikomail.jp/modan-spot/kaiin.html

いよいよ。来週、川上村のガイドと一緒に、尊義王の墓に行ければ、バンザイだ。山を舐めてかかると、大変なことになる。
やはり、その専門に頼むしかない。ガイド料3万也。

参考資料 後南朝 上北山村 古くからの風習 車憎禅師と虫送り

参考資料 後南朝 上北山村 古くからの風習 車憎禅師と虫送り

説明
日本には古くから伝わる四季の風習や行事が数多く存在します。

これらは、ただの伝統や風習ではなく、地域の人々の心と結びつく重要な象徴であり、奈良県上北山村の西原で「虫送り」という特別な行事があります。

虫送りとは

「虫送り」とは、害虫を追い払い、五穀豊穣を祈願する行事で、多くの地域で行われてきました。
しかし、上北山村の虫送りは、240年以上の歴史を持つ、特別なものです。

この地での行

もっとみる
笙の窟に収める御札の現在の収集状況

笙の窟に収める御札の現在の収集状況

3月から計画して、あと二箇所分で完成する。

収集した御札を笙の窟に納める。

陰陽師形式で実行

後南朝 あるお盆のできごと・・・川上村に残る古い言い伝え

後南朝 あるお盆のできごと・・・川上村に残る古い言い伝え

これは絶対に話してはならないと言い伝えの話です。

ある暑い夏のお盆の日、私は調査のために小像の自天王さんの胴体塚に足を運んだ。

その寺ではすでに、一人の若者が本堂にいました。

彼は私よりも年下で、私と同じく後南朝について調査しに来ていたようでした。

私は彼に話し掛け、私もまた後南朝の歴史について調査を進めていることを告げました。

彼は彼自身の調査が大学での自由研究の一部であると説明しまし

もっとみる

仮 後南朝の自天王さん 上北山村編の編集が遅れている。
まずは電子書籍に掲載する画像が、宮内庁に許可を取る必要がある。
掲載を見送るか迷っている。
あとは三之公周辺の撮影。あそこには運が悪く成功したためしがない。
昨年は、滝壺に落ち、もう少しで遭難に合いそうだった。

ビルマ大戦 資料2 祖父の弟の奥さん 弟が戦死後、未亡人となった。
しばらくは、家にいたが、実家である熊野の西村家に帰った。伊作さんは、文化学院を創設しており、新宮にはいなかったようだ

あと一月ちょいで、終戦記念日。戦時中のビルマでの祖父の弟の写真。
YOUTUBEでも、当時の資料を収集。吉田部隊だけはデーターとして残っている。あとは戦時中の手紙。

太平洋食堂の小説が届いた。
さて、これを参考にして骨組みができるのか。不安である。
そもそも、文章力のない私でも、電子書籍を出せているのだから、いずれは出来るだろう。リアルに血の繋がりのあった遠い親戚のことを描くのだから、創作にも息がかかる。

国立博物館で先祖のことを調べた。

ひとつ大きな発見した。

高祖父が小説を書いていたこと。

大平山神社へ
今から10年ほど前の出来事。
ふと、たどりついたところ太平山神社
先祖の村に協力した伝説の人物がいると言う。
ちょくちょく祖父から聞いていた大平宗助。
この人物が神様として、八坂神社の敷地内に小さな祠がある。
http://www.ohirasanjinja.rpr.jp/info/detail.php?n=0015

家から出てきた写真。恐らく明治後期か。大正時時代のモノ。当時の郵便局の写真。時代も懐かしく、飛脚さんもいる感じだね。

祖父から聞いた西村伊作さんの話。どのような人物像であったのか知りたくて購入して、5年ぐらいたつ。大逆事件につながるとは思いもしなかった。

1枚の写真。祖父の弟がビルマへ行く直前の写真。
この写真から、気持ちが伝わってくる。
どのような気持ちで戦争にいったのか。
気持ちは図りし得ない。
ビルマと日本を行き交いした手紙のやり取りも残っている。
まあ、祖父の弟が生きていれば、少しは私の人生も変わっていたのかもしれない。

大東亜戦争で亡くなった。気になっていた一枚の写真。

ビルマ戦で亡くなった祖父の弟の写真。

いつも思う。

この時代の戦争は、今となれば・・・と。

ビルマ 吉田部隊

ジブリを体験した西山観音。この地が村発祥の地と聞く。到着して見ると多くの先人達の姿があった。ここで手持ちのスマートフォンからお経を流すと、大きな風がふわっと流れた。ここにも先人たちの魂は残っているだなと。

https://urano.org/kankou/kamikita/kami02.html