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読書が減って、日本語が、日本人が壊れる。

減る、読書時間

学研教育総合研究所による「小学生白書」(19年)で、
「読書量は平均3.1冊/月。30年前の約3分の1に激減!」
という衝撃的なメッセージが発信されていた。

文部科学省は今月、小中学生の学力テストの正答率と
家の蔵書数の調査結果から分析した傾向を
「家にある本の数が多いほど、テストの正答率が高い」
と発表している。

蔵書数は経済的な余裕との相関性も高く、
改めて教育格差への対策が求められる結果となった。
読書時間が蔵書数に比例すると考えれば、
確かにそうなのだが、

読書時間減少の影響は、単にテストの点だけでない、
と思わずにいられない。


「読まない」ことで言葉が壊れる

以前、私は
「そして日本語は適当になる(1)助詞の誤用」
で、話し言葉における助詞の誤用が目立つ点を指摘した。
日本語の乱れを指摘すると、必ず
「言語は変化するもの」という専門家の
決まり文句が放たれる。
しかし、それは(『情けは人のためならず』など)
常套句の意味の変化や、新語に対して向けられることが多い。
私はいまだに「こだわる」を、
「手づくりにこだわる」など
「物事に妥協せず譲らない」意味では決して使わないが、
常套句の解釈が変わったり、新語が生まれたりするのは、
致し方ないものと思っている。

しかし、

どこの世界に「You are」が「You is」になるのを
そのままでよいと思う国民がいるだろうか。
「いただいてみてください」と立場が上の人間に言う
敬語の崩壊や、
一文を単なる一音ずつの連なりのように
平板読みで早口で続ける、
単語の意味も発音も考えていない
しゃべり方
は、

言語としての日本語の放棄だ。

一語一語を大切にしないそうした傾向は、
一語一語と相対する読書 と関係があるのでは
ないだろうか。


「読まない」ことで日本人が壊れる

言語が壊れるのみならず、

(義務教育で習うはずの)常識的な知識の不足や、
「日本は穴埋め式・選択式の問題が多い。」で疑問を呈した
考えることを敬遠する日本人の行動、
さらに
安全な場所から他者に批判を浴びせるSNSの愚行も、

本を読んで他者の言葉を噛みしめる経験が
減ったことが一因ではないか、
と思ってしまうのだ。

“推し”ばかりではなく、
ふとしたことに「興味を覚え」たり、
引っかかった些細な何かに
「自問自答」したり、
自分の意見とは異なる
「他者の思想を、まず受け入れ」たりする
脳の働きのかなりの部分が、
読書 で育てられてきたのではないか。

もちろんこれは、科学的根拠のない
想像に過ぎないが、

それでも何でも、

壊れゆく日本人の実例は、日々、
量産されていく。


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