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ジブリ作品に飢えている方に贈る、元ジブリ在籍者が手掛けた良作映画 三選



はじめに



 自身の最高傑作「風立ちぬ」を完成させた宮崎駿監督は引退を表明しましたが、その後宣言は撤回され、今日では最新作「君たちはどう生きるか」の製作に入っています。また、昨日から宮崎吾朗監督によるスタジオジブリ(以下ジブリ)初の3DCG作品「アーヤと魔女」の劇場公開も始まりました。




 「アーヤと魔女」は従来のジブリ映画とは感触の違う3D。そして2D最新作「君たちはどう生きるか」の完成の目処が立っていない今日、2Dジブリ映画に飢えている方も多いと思われます。かく言う俺もその一人です。
 そんな“ジブリ映画”は現在ブランド化しており、更にその作品の価値は“天才監督(特に宮崎駿・高畑勲の両監督)の所業によるもの”と語られがちです。しかしブランド力(りょく)も作品の価値も、実際は監督一人が確立させたものではなく、多くの優秀なスタッフの手が加わって成り立っているものではないか、と俺は考えています。




 そんな優秀な中核スタッフの方が自らメガホンを取り、ジブリの外で監督を務めた素晴らしい映画が日本には数多く存在します。とはいえジブリという看板の有無は大きいのか、いずれも面白さに対して絶大なヒットには至っておらず、あまり知られていないと思われるのが現状です。
 本稿はジブリが好きで2Dの新作公開を待ちきれない方へ向け、そんなスタッフが創った作品の中で俺が特に気に入っているものを、「ジブリ作品がお好きならこちらもいかがですか?」という気持ちを胸にご紹介いたします。



※本来であれば片渕須直監督の「この世界の片隅に」も該当するのですが、メディア露出・公開規模の大きさから鑑みて、「わざわざ俺が布教しなくても多くの人に知れ渡っているだろうな…」と思い除外させていただきました。
 また、宮崎駿監督とゆかりが深く近年“第二の黄金期”に突入している庵野秀明監督の作品も、“ジブリ中核スタッフ”という括りには入らないので本稿では除外させていただきます。



1、「茄子 アンダルシアの夏」(2003年)


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 主人公ぺぺはひたすら走っていた。照りつける熱い陽射しの中を、南スペインの乾いた道を。
 “ツール・ド・フランス”と並ぶ「世界三大自転車レース」の一つ “ブエルタ・ア・エスパーニャ”。レースの真っ只中解雇を言い渡されたぺぺは、やがて生まれ育ったアンダルシアの村にさしかかる。そこでは、兄アンヘルと、かつての恋人カルメンの結婚式が行われていた。
 幼い頃、兄と取り合った1台の自転車。そして奪い合った恋人…忘れたい恋、忘れたい戦い、忘れたい土地から、遠くへ行きたい。ゴールへ近づくぺぺの心に様々な思いがよぎる。すると突然、ネグロという黒いネコが道に飛び出した。予想を裏切り、レースは思わぬ方向へ進む。果たしてぺぺに輝きの瞬間は訪れるのだろうか。

Amazonあらすじより引用。一部改変。

(公式的に上がっている予告編動画は見つかりませんでした。)

 黒田硫黄氏の漫画を元に映画化し、脚本家も務めたたのは高坂希太郎監督「耳をすませば」〜「風立ちぬ」までのジブリ作品の作画監督を担当しているほか、「王立宇宙軍 オネアミスの翼」「AKIRA」「バケモノの子」等、ジブリ以外の超大作アニメの原画にも関わった大物裏方です。現在制作中の宮崎駿監督最新作「君たちはどう生きるか」にも関わっているとのこと。登場人物の画風が宮崎駿チックなのも納得の経歴と言えます。




 本作の見所は狂気を孕んだかの如くヒートアップする自転車レースの迫力と、説明的でわざとらしいセリフが無く進行する地味ながら味わい深いストーリー。主役:大泉洋氏の熱演も見逃せません。上映時間はわずか47分なので気軽に観やすく、ふとした瞬間(特に夏季)に見返したくなる一本です。




 なお、OVAとして発表された続編「茄子 スーツケースの渡り鳥」(2007)も非常に素晴らしい傑作です。劇場公開用の映画でなかったのが不思議だと感じる程の出来栄えなので、「〜アンダルシア〜」が気に入った方は是非こちらもご覧下さい。



2、「伏 鉄砲娘の捕物帳」(2012年)


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 祖父の死をきっかけに山を下りた、猟銃使いの少女:浜路。観るもの聞くもの初めてづくしのその町で、彼女は奇妙な噂を耳にする。人と犬の血を引き、人に化けて暮らし、人の生珠(いきだま)を喰らう<伏>と呼ばれる者たちのこと。そして、彼らが起こす凶悪事件について。
 居場所を探して彷徨う浜路は、やがて、犬の面をつけた白い髪の青年:信乃と出会う。架空の水都・江戸を舞台に繰り広げられる、まっすぐな少女の物語。

Amazonあらすじより引用。一部改変。



 桜庭一樹氏の小説『伏 贋作・里見八犬伝』を元に映画化したのは、齢25歳にして「千と千尋の神隠し」助監督を務めた宮地昌幸監督。本作が初の長編映画となります。脚本家は大河内一楼氏。TVアニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」等が有名です。




 物語を上手く纏め切れていない終盤の脚本については若干気になるものの、生き生きとしたキャラクターの動きと独特の世界観が非常に魅力的な作品です。
特に後者の魅力には一見の価値があります。とても現実味を感じる生々しい“長屋”描写や魅力的な食事、それに対して和風ファンタジー調(他作品で例えるなら、紀里谷和明監督の「GOEMON」風味)で描かれる吉原や江戸城。この奇妙なバランスで成り立つ世界観がとてもユニークで面白いのです。俺個人として気に入っている背景美術は“渦巻状の畳”です。ぜひ本編でご覧ください。




 余談ですが、宮地昌幸監督は宮崎駿監督だけでなく富野由悠季監督(ガンダムシリーズの産みの親。宮崎駿監督並みに強烈な個性をお持ちの方)とも幾度か仕事をされているので、監督としての能力もさることながらとてつもなく強靭なメンタルを持つ方なのだろう…と予想しています。まもなく安藤雅司氏と共同監督を務めた最新作「鹿の王 ユナと約束の旅」(原作:上橋菜穂子氏)が公開されるので、こちらも期待したいところです。 
 またこちらの経歴を参照して頂きたいのですが、この安藤雅司氏もとんでもない方です。「もののけ姫」 「千と千尋の神隠し」 「パプリカ」「君の名は。」等、数々の大作アニメの作画監督を務めている、まさに日本アニメ界・影の大御所。
宮崎駿監督とは方向性の違いにより袂を分かった
そうですが、ジブリとは無縁となった今もなお、その実力は発揮され続けています。




3、「若おかみは小学生!」(2018年)


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 小学6年生のおっこ(関織子)は交通事故で両親を亡くし、おばあちゃんが経営する花の湯温泉の旅館<春の屋>で若おかみ修業をしています。
 どじでおっちょこちょいのおっこは、ライバル旅館の跡取りで同級生の真月から「あなた若おかみじゃなくて、バカおかみなの!?」とからかわれながらも、旅館に昔から住み着いているユーレイのウリ坊や、美陽、子鬼の鈴鬼たちに励まされながら、持ち前の明るさと頑張りで、お客様をもてなしていくのでした。
 いろんなお客様と出会い、触れ合っていくにつれ、旅館の仕事の素晴らしさに気づき少しずつ自信をつけていくおっこ。やがて心も元気になっていきましたが──

Amazonあらすじより引用。一部改変。



 こちらは先に挙げた「茄子 アンダルシアの夏」の高坂希太郎監督最新作。原作は令丈ヒロ子氏による児童向け小説です。脚本を務めたのはあの吉田玲子氏。「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」「猫の恩返し」「ガールズ&パンツァー」「聲の形」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」等々、幅広いジャンルのヒット作を手がけ、絞り切れない程多くの代表作を持つ名脚本家です。俺個人としては「名作の裏に吉田玲子あり」とまで思っています。




 絵柄※を見て低年齢層(特に女の子)向けアニメ?と侮るなかれ。やや大人向けだった「茄子〜」、青年向けの「伏 鉄砲娘の捕物帳」とは確かに毛色が違うものの、本作は老若男女全てが楽しめる、非常に素晴らしい映画作品です。 
 俺個人は2018年に新作・旧作併せて約180本の映画を観たのですが、振り返ってみると本作が2018年度No. 1の映画でした。それ程までに本作はとてつもない完成度を誇る傑作といえます。

 ※原作の表紙のデザインをなぞらえた主人公達以外は「茄子〜」同様の宮崎駿的画風です。




 枠組みにはまらず血が通ったキャラクター達。美しい背景美術。物語と深く関わる“料理”描写。本などの小道具、野生の生き物等々…。行き届いた細部の描写から、本作が一切の妥協をせずに作られた映画であることがよくわかります。
 個人的に関心したのは、おっこの通う小学校の壁に飾られた習字。「醍醐」「五蘊」など、あまり小学生の習字では使われなさそうな仏教由来の用語が散見されるのですが、これは恐らく意図的な、本作のテーマと密接に関係するサブリミナル演出と思われます。(掘り下げると脱線しそうなので、詳しくは公式サイトの“監督コメント”をご参照ください。)




 おっこが旅館の宿泊者や幽霊(イマジナリーフレンドという解釈も可能?)たちと交流し、徐々に成長していく物語は本当に魅力的です。それから何より素晴らしいのは、原作には存在しない映画オリジナルの展開となるクライマックス。
 映画冒頭で訪れる両親の死や中盤で降り掛かるPTSD描写など、小出しにしていた数々の不穏な描写が結実してしまう、とある残酷すぎる真実が明らかになる瞬間…。公開当時、俺が鑑賞した劇場内は恐ろしいまでの静寂に包まれました。あまりの衝撃で、誰もが息を呑んでしまっていたのです。




 この衝撃的な展開に至るまでの描写(おっこの健気すぎる努力描写と、それが功を奏したカタルシス)が抜群なだけに、余計に上記の種明かしが心に刺さります。
 しかし、その真実を知った後におっこが採る前向きな選択も見事なものでした。なので決して“暗いショッキングな展開が待ち受ける陰惨な映画”というわけではありませんのでご安心ください。明るい結末を観届けた後は、思わず小学生のおっこに「さん」付けしたくなること必至です。


最後に


 以上、個人的に気に入っている三作品をお勧めとして挙げさせていただきました。
 なお、かつてジブリに在籍していた方々からといえ、安易に「ポストジブリ」「ポスト宮崎駿」「宮崎駿の弟子」といった無責任な言葉を使うつもりはありません。
 アニメ映画=ジブリ=宮崎駿or高畑勲というイメージを持ち、監督の名前に縛られて他の名作に触れるきっかけを失っている方がいるとしたら非常に勿体無いと思い、そういった方々への布教活動として筆を取らせていただいた次第です。



※画像は全てAmazonからの引用です。
…余談ですが、文体を普段より柔らかくさせて頂きました。


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