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まずは週末移住から 〜親の移住と、家族の記録#14〜

いま住んでる家と、移住先の家。一時的にふたつの拠点を持つことになった両親は、まずは“週末移住”から始めた。

まだもう少し先になりそうな引っ越しを待ってなどいられないのだろう。月に何度か、父の仕事や母の用事が入っていないタイミングを選んで出かけていき、2〜3日ほど滞在する。食料や着替え、日用品など最低限のものを持っていけばなんとか過ごせるし、前の住人が残していってくれた冷蔵庫と電子レンジもある。多少の不便があっても、両親にとってはたいした問題ではなかった。それよりも、いつでも好きな時に行ける拠点ができたこと、夢だったこの町で暮らせること、その喜びのほうが何倍も大きいようだった。

こっちの家に来たら、何をしてもいいし、何泊してもいい。何もしなくてもいい。その自由が両親をワクワクさせ、次の滞在をどう過ごすか、あれこれ考える時間も新しい楽しみとなった。待ち遠しい予定があれば、それまでの日々も楽しい気分で過ごすことができる。ふだんの生活にもハリが出て、二拠点スタイルもなかなかいいものだということがわかってきた。

滞在中は、家の細かいところを掃除したり、庭の花壇の土を家庭菜園用に入れ替えたりといった作業もするが、滞在自体を楽しむことも優先した。
たとえばこんな感じで。

●家の近所を散策
田んぼや畑が多く、空が広いので、歩いているだけで気持ちがいい。ほっかむりをして農作業している人に挨拶したら案山子だったという“あるある”を何度も体験する。近くにきれいな小川が流れている、おいしいパン屋と和菓子屋がある、少し歩けば品揃え充実のドラッグストアがある、などなど、思っていた以上に環境の良い場所だとわかり、住むことがますます楽しみになってくる。

●海までサイクリング
散策の範囲をさらに広げたくなり、自転車を二台購入。歩いて行くには少し遠かった海までも、これで気軽に行けるようになった。天気のいい日に海沿いを走り、潮風を感じながら昼食をとる。空も雲も海も、いつも違って見えるので飽きることがない。遠くに通る大型船を見るために、父は双眼鏡を持っていくようになった。隣町の花畑がきれいだと聞き、片道一時間かけて見に行ったこともある。
母が買った自転車は真っ赤な色で、田舎ではとても目立つ。今までだったら選ばなかった色だ。その真っ赤な自転車で颯爽と走っている横を、ププっと合図をしながら近所の人の軽トラが追い抜いていく。父の自転車も後ろに続く。なんてことのない瞬間だが、ふたりはとても笑顔だ。

●地元の食材を味わう
移住先の集落には大きなスーパーやショッピングモールは無い。その代わり、農産物の直売所が何ヶ所かあり、海が近いので漁協でも海産物を直売している。干物が絶品の魚屋も見つけた。魚介類の充実度は以前から知っていたが、野菜の安さとおいしさにはびっくりしたそうだ。
魚も野菜も、やはり新鮮さが一番。夕食のメニューを考えながら食材を選び、シンプルな料理でそのおいしさを味わう。これも、両親がずっとしたかった“暮らす”という形のひとつだ。

●庭からの景色を眺める
庭からは近くの畑や果樹園、その先に広がる山々が見える。風がおだやかな日は庭にアウトドアチェアを出して、その景色をぼーっと眺めるのもいい時間だ。空模様や雲のかかり方によって、山の緑の色合いは微妙に変わる。海と同じで、ずっと見ていても飽きない。隣家と距離があり人通りも少ないので、鳥の声や風の音もよく聞こえる。自然の近さを感じながら早めのビールを開けて夕涼み、なんて贅沢もできるのだ。

●昼寝
ある日、昼食後に眠くなった両親は、リビングで二時間ほど寝てしまった。目が覚めた瞬間、母は「しまった!」と思ったという。せっかくこっちの家に来ているのに、何もしないで寝てたなんてもったいない・・・。しかしすぐに思い直した。いやいや、これこそ最高の贅沢なのでは? 自分たちの家なんだし、常に何かをしていなくちゃいけないルールなんてないし、それにすごく気持ちよかったし。そう前向きに考え、気持ちを切り替えることにしたという。

そんな父と母の週末移住は、ご近所付き合いの準備にもなった。両親が来ていることに気づくと、畑でとれた野菜や漁で余った魚などを持ってきてくれる人がいて、食べ方や処理の仕方も教えてくれる。そういう時にこちらもお返しできるよう、母はちょっとしたお菓子を用意していくようになった。父の車を珍しがって見に来る人もいて、少しずつ知り合いが増えていく。
みなさん気さくで親切、でも余計な詮索や長話はほとんどしない。忙しいのか、用件が済むとさっと帰っていく人がほとんどだ。一気に距離をつめるのではなく、ほどよい距離感を保ちながらだんだんと地域に馴染んでいけたことも、両親にとってはよかったのだろう。

その日は、三日間の滞在の二日目。父と母は海水浴場の近くを散歩していた。毎年のように家族で遊びに来ていた思い出の場所だ。あの頃のように帰りの渋滞を心配する必要もないし、たくさんの荷物で疲れることもない。ぶらぶら歩いた後に漁協に寄り、夕食のつまみを調達して家に戻るだけだ。

「そろそろ帰ろうか」
父がそう言った時、母はとても幸せな気持ちになったという。
「ああ、本当にここに住むんだ」という実感がわいてきて、胸がいっぱいになったそうだ。そのことをすぐに父に伝えたが、父は黙って笑っているだけだった。でもきっと、母と同じ気持ちでいたのだろう。

ふたりにとってずっと「目的地」だったこの町が、これからの「居場所」になる。引っ越しまでにやることはまだ山積みだが、両親の心の拠点は、すでに移りはじめていた。

週末移住と並行して、自宅の断捨離も始めていました。次回はそのことについて。

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